つきぐみ かみじょうまいこ
 かぞく




    001:クレヨン




「っ、か、勝手に見ないで下さる!?」
 彼の頭と同じ色のオレンジジュースが2つ、おぼんの上で跳ねた。

「おっと、危ないで、お嬢。濡れへんかったか?」
 佐藤はそのおぼんを受け取ると、麻衣子の綺麗な勉強机に踊るように置いた。
 その何気ないしぐさが悔しくて二つにくくった髪をぎゅっと握った。



 クラブが終わって、まだ暗くもないが、からかうと面白いから麻衣子の家まで送ると、過保護な彼女の親にやたら歓迎されて。
 何故か信頼されているのだ。ジュースでもいかが?じゃあ遠慮なく。そんな麻衣子の母親との会話の後にふと麻衣子と目が合ってしまって。

「ジュースぐらいっ…私でもできますっ。見くびらないで頂きたいわ」

 何も言ってへんのに。でもお手伝いさんとかお母さんとかに、やって貰ってるばっかりなんかなぁて思ったから、それ、読まれとったんかも。んなら鋭いねんけど。そんな事をぼんやり思って。麻衣子の部屋に通されて。アルバムが並んでいる本棚からスケッチブックを発見して。1ページ目の、おそらく幼稚園で提出したのであろう絵を見つけてしまって。
 今に至る。


「か、返しなさい!」
「ほー、かぞく?やな。これがお嬢か?」
 クレヨンで描かれた幼稚園児の絵というものは得てして汚い、もとい芸術的であり、麻衣子のそれもご多分に漏れずというやつである。ある程度歳を重ねると恥を通り越して懐かしさを感じるものなのだが、中学生という時期は非常に曖昧で、彼女の場合はまだ恥の占める割合が大きかった。

「佐藤!」

 彼の頭の上に掲げられたその画用紙を取るのは困難だ。にやにやとしている佐藤を思い切りにらんでいる麻衣子は対照的である。彼女のライバルである小島有希ならば迷わずアンブロキックをお見舞いする所だろう。しかしお嬢様に蹴るなどといいう選択肢はないらしい。ぴょんぴょんと取り返すために必死に飛び跳ねている。無駄な動きが多い。佐藤はそれを避けるようにひょいひょいと手元を動かす。

「あはははは、お嬢降参かー?」
 しかし佐藤の笑みが“にやにや”から“微笑み”に変わると、急に大人しく麻衣子に返した。

「ほい、お嬢」
 差し出されたその画用紙に戸惑う。
「…え?」
 突然のことに驚きながらも、まだ若干疑いつつさっと奪い去る。いとも簡単にそれが手に入ると、麻衣子は佐藤の口元を見た。
 いつもの、左端の方が上になる笑い方だ。

 目元を見た。
 いつも以上に、どこか遠くを見た、人を寄せない、けれど人懐っこさを残した目だった。

 画用紙をきゅ、と握った。
 端が少し折れた。
 画用紙を見た。
 画面一杯にクレヨンで描かれた家族の絵。
 真ん中は私。
 父親も母親も、クレヨンの太い線で分かりにくいが笑っている。

 佐藤をもう一度見た。
 近くのものから遠くを見たので一瞬ピントが合わない。
 まばたきをする。
 佐藤はさっきの笑みのままで目が合うとそれを見開いてからその場へすとんと座った。

「どしたん?」
 向けた目はいつものものだった。




 自分は聡くない、と思う。自覚したくはないのだが。
 しかし、目は、目だけは見る目があるとこっそり自信がある。

 悲しい目。



「……」
 麻衣子は無言でベッドに座ると佐藤を見下ろした。
「あ、お嬢、ジュース頂くな〜」
 両手を合わせていただきます、とわざとらしくすると、わざとらしく旨い、お嬢がいれてくれたからやな、と言った。麻衣子は黙り込んでいた。



「…ごめんて、お嬢」
 項垂れる彼の金髪の頭のてっぺんが見えた。少しだけ黒かった。地毛だと教師に笑って言っていたのに。これじゃバレてしまうではないのか?どうでもいいことを思って彼の謝罪の言葉から耳を背ける。


「俺が遠い目しとったから京都思い出してるんかな、思たんやろ」
「…っ」
 ああ、自分は聡くなんかない、やはり。下手に家族の話なんかすると傷つける、心の隅でも思ったのがバレた。

「思い出してたんは確か、やな」

 あまりに幸せな自分の家族との生活。



 寺に住んでいる理由を偶然水野から聞き、本当の親の話も、佐藤本人から少しだけ聞いた。

 その佐藤との、本当は絶対にしてはいけない比較。

 体温が上昇するのが分かる。 
 血液が下がっていくのが分かる。


「父親が気に喰わんのも、確かや」

 苦笑と呼ぶのが一番相応しい表情だった。

 一度目が合うと、そらせない。
 ばかばかしいとは、思うけど。


「…な、お嬢」

 佐藤の頬も、何故か少し赤かった。理由は全く分からなかった。


「クレヨン、ある?」

 きょとんとしてしまった。意表を突かれた。何が目的なの?いたずらっこのような――実際もいたずらっこであることは間違いないが――そんな笑い方に呆れたくなってくる。

 これが関西人というものなのかと首を傾げたくなってくる。いや、佐藤が特殊なのだと言い聞かせると、何に使うのか分からないまますぐ横の棚からクレヨンを取り出した。佐藤はさっきの画用紙が挟んであったスケッチブックの新しいページを開いている。

「お好きにどうぞ」
「おおきに」

 佐藤はなにやらぐりぐりと描き出した。



「あんなぁ、お嬢」
 黒いクレヨンを先に取った。

「家族…親ってや、選ばれへんけどな」
 次は黄色。

「次は、親になって、家族作っていけるて、知ってるから、俺」
 麻衣子に向けられたスケッチブック。かなり簡単に描かれているそれは、金髪の男、女の子、男の子、黒くて長い髪の女が横一列に並んだ絵だった。

「…まさかこれって」
「俺とお嬢とお子たち。なかなかの絵やな!」
 陶酔する佐藤に枕が一直線に飛んでいった。佐藤は簡単にそのまま受け止めると麻衣子に軽く投げ返した。そしてオレンジジュースを飲み干すと、
「んじゃ、また明日な」
 立ち上がるついでとも取れるほどさりげなく、佐藤は麻衣子の頭に手を置く。麻衣子は手に気を取られて何も言えない。そんな麻衣子にゆっくりと微笑んで佐藤は部屋を出た。


 遠くでおじゃましました、と、また来ますの声が聞こえる。
 水泳の時間の最初に潜る時にするように頭の上に両手を乗せる。

 とんでもなく熱い、そこだけ。


 床に残されたスケッチブックをめくった。折り目があったからだ。


 2−C 佐藤成樹
 家族

 ……スケッチブックを抱えて佐藤を追いかけた。慌てたから転びかける。立ち上がって、ドアを開けて、階段を降りて、階段の手すりにつかまって遠心力を借りてぐるりと高速移動して、廊下は極力音を立てないように走って。玄関を通って10m先に。
 金色を見つけた。


「…佐藤!」

 慌ててローファーを履いた。後ろを少し、踏んでしまっていた。

「ん?」
「…あ」

 何を。
 何を言おうと、したのだろう。

「何やお嬢、寂しなったんか?もっと一緒に居て欲しい?」
 からかうような笑顔に安堵感を覚える。ほ、と一つ息を吐くと、代わりに空気に舞った言いたかったはずの言葉が帰って来る。

「…あ、あの、これっ…」
 スケッチブックを豪快に破った麻衣子は。




「差し上げますわっ」
 自分の、幼い頃の家族の絵をあげることに意味は思いつかない。


「…あー、うん、おおきに?もろとく。」
 しかし驚きながらも手を伸ばし、その後微笑んだ佐藤に妙に嬉しくなる。


「んじゃ、また明日、な」
「ええ」
 佐藤の金色に眩しさを感じて、寂しさを感じて、愛おしさを感じて。
 私たちは、随分とあっさりと別れた。
 すぐに遠くなる金色。憧れる程の奔放な猫のよう。曲がって、消えた。







 自分の絵をあげても、佐藤は何も変わらないだろうと思う。

 きっと家族に電話でもしてみようとも思わないだろうとも思う。

 凄く無意味かもしれない、と。

 ただ、これだけは、小さく、小さく思う。



 自分が本当に彼の家族になって、仮に、仮にだけれども。

 子供が本当に、ふたり、この子達が、居たら。



 画用紙の中の背の低い二人の少年少女を指でなぞる。
 人差し指が黒く汚れる。



 …彼女たちに、幸せな絵を、自分の絵のような、幸せな絵を描いて欲しいと。

 付き合ってもないのに、両思いだとか言ってもないのに、好きでもない、のに。


 小さく。


 そして佐藤が今から20年経って、その時に同じ、もっと幸せな絵を。

 クレヨンで描けていたらいい。

 思う。





 ばかばかしい。
 頭の上はまだ熱い。
 佐藤の絵をめくって新しい画用紙にして。
 黄色を取り出して少し迷った後、ぐりぐりと向日葵を描いた。





















 お嬢が好きだと宣言している割には書いていなかったシゲ麻衣。本当は書いていたけどアップしていない、が、正しいですが、どうでもいいことです。大阪人の大阪弁なのでシゲさんっぽくなかったりしたらすみません(苦笑)。後、口語の大阪弁っぽくしすぎて文にしたら意味が分かりにくいかもしれませんね…。










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