004:マルボロ 「…仕事は?」 三上はこめかみを押さえ、彼女から煙草を取り上げた。 授業が自習になったため、昼寝でもするかと来た屋上でこれだ。 「いやん、三上くんってば卑劣っ、鬼畜っ」 「はいはい、使い慣れねぇ言葉使うなっての。マルボロ?わりと低年齢層の吸ってんのな」 「こら中学生」 三上はすぱすぱと手慣れている様子だ。 マルボロって自販機の中じゃ一番高いからなぁ、などとつぶやく三上亮は確実に「前科あり」だ。 実際昔吸っているのを目撃したことがある彼女は軽く三上をにらんだ。 「そーゆー保健のセンセイ。今勤務中じゃねーの?」 「あはは、サボリ。」 彼女はやたらきっぱりと言った。 三上の口から真白い煙が吐き出された。 「…あのなぁ…ま、俺も似たようなもんだけど」 保健医から取り上げた煙草を、携帯灰皿をこれまた取り上げ中へ押し込む。 「もともと10分で戻るつもりだったし、保健室の扉に今いませんって張り紙してるし、ここから誰か入ったら見えるもの」 まだ肌寒い風が屋上を一掃した。 彼女は白衣を縮込め、フェンスに右手をかけた。 確かに屋上からは中庭を挟んで1階の保健室をよく見せた。 「煙草は身体によくないので止めましょう。って言ってる保健のセンセが吸ってたら世話ないよな」 三上はあきれ顔で視線を向けた。 「…仕方ないでしょ…。いろいろと大人は大変なのよストレスたまるのよ教頭がじめじめうるさいのよ若いから仕事が遅いなんてことないわよ私だってちゃんと怪我した生徒の対応出来るわよ!」 保健室で吸わないだけ褒めてくれと言わんばかりだ。 せめて句読点は付けて話そう、ピリオドやスペースでもいいからと、自分のパソコンのキーボードでスペースキーを打つ自分を思い浮かべる。じゃないと聞き取りにくくてしかたがない。とりあえず厳しく一言忠告しておくことにした。 「吸う自体が悪の人もいるけどな」 だからと言って職場を離れ、中学校という子供が集まる学び舎で煙草を吸っていいということにはならない。 感受性の高い中高生はささいなことでも潔癖になる子もいるのだという保健医の研修での知識が三上の言葉に引っ掛かった。 次の言葉に詰まる。 「……分かってるんだけどね、生徒に悪影響っていうのは。 でも校内では吸わないし、知ってるのってほとんどいないし大丈夫かなーって…つい思っちゃうのよね。 …疲れると、つい。」 たとえ錯覚でも、癒してくれるから。 「この仕事、やってたいのに、向いてないのかな。こうやってサボってるし。馬鹿だよね、私」 左手もフェンスにかけた。頭も、フェンスに預けた。 三上の見えるぎりぎりから、顔が歪んで見えた。 「んー、ごめん三上。生徒にグチってたらもっと保健の先生失格かもね」 「別に」 三上は背中にフェンスをくっつけた。昨日の夜にネットで遊びすぎたせいだろうか、肩が痛い。 こきこきと音を鳴らして首を左右に振った。 「しんどい時グチんのはいいんじゃね?」 彼女をちらりと見た。彼女はがしがしと豪快に頭を掻いた。 髪留めを外して長めの髪を流した。まだ、下を向いていた。 「…ところで三上、あんた煙草やめたんじゃなかったっけ」 「やめたよ」 サッカーやっててすぐ息切れなんて馬鹿らしい。 「でも今吸ってたじゃないの」 反撃だ。教師らしくとがめようと彼の顔を覗き込んだ。 「センセと間接キスしたかった」 「なっ!?」 ああ、こういう生徒だったと思う。自分より年上だろうが関係なくからかう。 そして人の悪い笑みを浮かべるのだ。誰かが呼んだ、デビルスマイルと。 この子悪魔ちゃんめ!と心の中で拳をつくる。しかしそんな拳を見せてしまったら三上の思うつぼだ。 「冗談〜、ゴチソーサマ。戻るぜ、俺」 ひらひらと手を振って背を向ける三上にため息をつく。 冗談と言っておきながらご馳走様とは何だ。 「三上!授業に、戻るのよ!?」 授業に、を強調する。当の三上はポケットに手を突っ込み、さぁな、と笑む。 自習というのは内緒にしておこう。そしてポケットに入っていたペンギンの柄のガムを放り投げる。 「ガッコにいる時ぐらいそれで我慢しろよ?」 何とか受け取った彼女はヘタクソとつぶやいた。 「……禁煙してみるかな」 空を見上げるとやたらめったら快晴で視界を曇らせたくなかった。 ぐしゃ、と音を立てて赤いマルボロの箱を中身ごと潰すと彼女は二コレットでも買うべきかと思案しつつ職場に戻ったのである。 裏設定 保健医さんは赤色が好きだからマルボロ赤を吸ってました(笑)。 キャビンは赤だけど味が嫌いらしい。 お名前は杉山利子(すぎやまとしこ)さんです。 ドリームなのかは謎な、オリキャラ混じりのSSですね。 Back |