私が好きになった人は、私の背中を押してくれた人です。






   006:ポラロイドカメラ






「小島?帰らないのか?」
 水野は鞄を肩から提げ、照明のスイッチに手を置いている。
「帰るわよ。後一行だけ、待って!」





 私が好きになった人は、未来を追い続けている人です。





「出来たか」
「うん、電気消して良いよ」
 声のすぐ後にパチンという音が響いて世界が真っ暗になる。
 こんなに遅い時間になっていたのかと、小島はポケットの鍵を探りながら思った。
「水野、今何時か分かる?」
 六時半との答えに頷いた。






 私が好きになった人は、優しい人です。

 周りを傷付けたくないと思っている人。
 それでも自分と、その周りを向上させたいと思い、行動する人。
 そして、失敗して傷付く人。






「あ、香取先生」
 部室の鍵を掛けながら水野の声に首をもたげる。
 水野の目線の先には顧問の香取がこちらに手を振っていた。
「ああ、丁度良かった。鍵を返しに行こうと思ってたんですよ」
 小島は日誌と鍵を一まとめにして香取に差し出す。
 香取は、単に偶然そこを通っただけであったようだが、笑顔で手を出す。
 本当に教師にしておくには勿体ない程の可愛らしい性格の人物だ。
 可愛いといえば、水野も負けてはいまい。
 彼の口喧嘩に負けた時の拗ね方など、そんじょそこらの女の子の比ではない。
「二人ともお疲れ様。はいっ、チーズ♪」






 私が好きになった人は、可愛い人です。






 唐突のそのチーズという声と、バシャっという小気味良い音と白く眩しい光。
 香取の顔を覆う黒い物体に小島は今の状況を全て悟った。
「先生っ」
「ふふっ、これあげるわね」
 非難の声の小島も意に介さない様子で黒い物体から吐き出された紙を水野に渡す。
 それと交換されたのは、諦めたような顔の水野が小島の腕から取った、日誌と鍵だ。
「全く。ソレ、どうしたんですか?」
 水野が指差す先には、香取の手中のポラロイドカメラ。
「コレ?学年主任が生徒から没収していたのよ」
 そして彼女は通りかかった自分に職員室へ持っていくよう頼んだのだと説明する。
 …つまり、体のいいパシリってやつね。
 そしてそのカメラは人のものなのか。
 しばし頭を抱えた小島に、水野の溜息が聞こえた。
 思いはほぼ同じらしい。






 私が好きな人は、私と考えが似ています。






「もう暗いし、二人とも帰りなさい。水野君、小島さんを送っていって貰える?」
 教師らしいその言葉に若干の違和感を感じながら水野は承諾した。









 私が好きな人は、私とどこか似ている人です。
 サッカーを愛している、そんな根底の思いが一緒で。
 不特定多数に好かれることが疎ましくて。
 それなら、そう、例えば、たった一つ、サッカーの神様に愛されたい。

 そして、恐らく。










「あーあ。それ、どうするよ」
「やるよ」
「いらない」
 まだ黒いままのその写真を水野はぴらぴらと振った。
 こうすれば早く浮かび上がってくるとは言うが。
 …実際比較したことがないので真偽のほどは分からない。

「じゃ、半分こが、い?」
 やけに小島が子供っぽい口調で言ったからか水野は眉をひそめる。
 水野の返答も待たずに、小島によってその写真ははさみで二つに切られていた。
 薄っすらと見えるその輪郭に小島は、浮かんできたねと笑顔で言う。

「あー、なんか今ね、水野ファンにやられた時の事思い出した」
 ほんの一月程前、小島の机の中に入っていた写真。
 水野と小島の部活のひとコマであろうその写真。
 それは小島の身体の中心で裂けていた。
 正直、性質が悪いと思う。
「あれか。あれには一瞬どうしようかと思った」
 誰がやったのかファンクラブに問い詰めると怒りをあらわにした水野。
 やめなよ、もう余計にこじれるしと溜息を吐いた小島。
 放っておくのが一番だと二人結論付けたのだった。
 思い出し笑いに二人、顔を見合わせる。







 ほら、私たちはどこかで似ている。







「はいっ、水野の分ね」
「いらないんだけどな」
 受け取ると、それは予想に反して小島の部分で。
 女子の間で流行っているミルキーペンで書かれた小島有希とのサイン付き。
「…何だこりゃ」
「はい、水野もサイン書いてね」
 歩きながらの不安定でもって書かれたサインは、そのせいだかおかげだかで、もっともらしいサインに見えた。
「うん、あのさ、このサイン付きブロマイドがプレミア付いて高値が付くくらい、有名なサッカー選手になろうよ」
 水野は吹き出した。
 そんな意図があったとは。
 横で小島が何よ、いいじゃない夢があってと口を尖らす。
 ひとしきり笑った後、水野は小島に不敵な笑みを見せた。
 それは先ほどまでの笑いとは違った雰囲気を持っていて、小島は、その笑い方が好きだと思った。
「貸せよ、書いてやる」
 受け取った写真は、もうくっきりと浮かび上がっていた。
 自分は、小島の横でこんな顔をしているのかと思う。










 トレードされたその写真を渡す時、手が触れて、心臓がうるさくなったけれど、そんなことはどうでもいいくらいにこの仲間が大切で、好きで。









 私が好きになった人は優しい人です。
 私が好きになった人は暖かい人です。

 そして、恐らく。

 私のことが、好きなんだろう、と、思います。
 言わないけれど、言ってやらないけれど、両思いだなんて思わないけれど。
 私たちはお互いに、好きだと分からない程、遠くにはいなくて。
 近過ぎて、分かってしまっているけれど、それでも。



 私たちは似たもの同士のサッカー部の部長で、仲間で、だから。







 それでも私は、楷書で書かれた水野竜也の文字に、そっと指を這わすのです。

 そうして、私はひょんなことから手に入れた水野の写真を鞄にそっと仕舞うのです。




「じゃ、また明日!」
「おう」



 いつもの角、いつもの挨拶。
 また明日に会えることを、私は疑わない。







 楷書がミソ(笑)。
 いやー、水野ってサインとか言われたら楷書で書きそうなイメージが少々。
 シゲとか高井とかはサインの練習とかしてそう(笑)。
 当時って確かミルキーペン流行ってませんでしたか?





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