大阪で放送する番組なのだ、と彼らは言った。 013:深夜番組 「君ら付き合ってるん?」 「「付き合ってません」」 俺と小島は口を揃えて言ったものだった。……まあ、そういう風に見られるかもしれない。状況が状況だった。しかしこういう展開になるとは思いもよらなかったのだ。 俺は送られてきたビデオを乱暴気味にビデオデッキへ押し込むと、再生ボタンを一瞬躊躇った後人差し指で押したのだった。 東京では見たことのない番組名だ。自分にインタビューしてきた男も漫才師だと言っていた。その彼の持つコーナーで俺と小島は登場するらしい。 リモコンを片手にぬるくなった緑茶を飲み干す。他のコーナーは見る気がない。文明の利器だ。早送りだ。折角機能があるんだから使わないともったいない。と、見覚えのある人物――自分にマイクを向けた男――が映る。 「…の、コーナー!!」 会場に拍手が起こっている。これだな。 「今回は東京まで行って来ました」 「自分が東京に遊びに行きたかっただけちゃうん」 「そんなことないですって、まさか。勘弁してくださいよほんま。事あるごとに僕いじらんとって」 会場に笑いが漏れている。面白いのか?面白いのかこれは。そんなことを思っていると、VTRに入ったようだった。俺は思わず見入る。 何かネタはないか! 周りを見渡すと可愛い女の子とクールぶった男の子が手を繋いでいた。 こういう野暮なのもたまには面白いかもしれない。見たところ中学生だ。中学生カップルを冷やかすのもめったにすることではないし。二人ともお顔が悪くない、イヤイヤ同級生に居たら男の方は個人的に嫉妬の対象だろうし、女の子は心のアイドルになるだろう。流石東京とでも言えばいいのか。 いや、関西人としては東京は凄いなんて口が裂けても言いたくないけど。話がずれた。 兎角カメラマンがディレクターという金なしコーナーである。二人だけのロケというのも慣れた。あの二人をからかうのはどうですかね?ディレクターに囁くと、彼はにやりと同意する。ま、いいんでないの?やってみようか。使えない映像ならボツにも出来るし。……最後の言葉は聴かなかったことにする。 二人は、向き合って手を繋いでいた。 ぼそぼそと囁くように二人は何か話している。 時折女の方がくすりと笑った表情を見せ、それをいとおしそうに見つめる男。 おいおい。良い雰囲気なんちゃうん。俺なんか別れたばっかやねんけど。しかも先週。そんな思いが届くはずもない。 「ちょっとええ?」 俺は笑顔でマイクを向けた。彼は訝しがっているようだ。彼女も「はぁ」と気のない返事だ。うそっ、テレビ!?とかゆーノリはないのか。流石東京。 名前を聞くと男の子がミズノ、女の子がコジマと名乗った。下の名前まで言ってくれないのは俺たちを怪しんでいるからだろうか。二人のロケというのは世間の風あたりが、と、ちょっと逃避しかける。いやいや、今ロケ中だった。ビデオを送るから教えてくれと言ったら、コジマさんは思い切り顔をしかめ、ミズノくんが仕方なさそうに生徒手帳を見せた。 「で、君ら付き合ってるん?」 と、問うた。もちろん頷くと思っていた。中学生の馴れ初めなんかも甘酸っぱくて面白いんじゃないかと思ってそれを聞いたのだ。どうせクラスメイトで、とかなんだろうけど、それもまた誰にも覚えがあって、みたいな感じに編集すればオッケーだ。 しかし、答えは。 「「付き合ってません」」 だった。 ……え、なんで、照れてるん?親に隠してるとか? あまりに息ぴったりの「付き合ってません」に一瞬面食らう。さっきまで大通りで手を繋いでいた(というか今も繋いでる)男女が付き合ってないときっぱり言われるとは思わなかった。 「え…だって、手ぇ繋いでるやん?」 「違います」 コジマさんは言う。 「ミズノは仲間です」 コメカミを指で押さえる。えーと。 「ミズノ君は?」 「……仲間です」 俺は困った。ものすごく困った。頭を抱えたくなる衝動をコメカミを数度叩くことで抑える。 コジマさんにマイクを向ける。 「……ええと?」 「仲間なんですっ」 コジマさんが繰り返した。 「これは単に」 コジマさんは繋いでいる手を少し掲げる。 「ミズノの手があったかいからです付き合ってません仲間なんです」 ……そんな一息で言わなくてもなー。 「……それはミズノくんも……?」 「……………ハイ、仲間です」 大きな沈黙の後に肯定する彼を見て納得した。なるほど。ミズノくんの方は仲間とは思っていないらしい。なんだこれ。面白いじゃないか。ミズノくんの片思いかよ。前言撤回だ。もし彼が自分と同級生だった場合、嫉妬もするだろうが、同情もする。これだ。鈍いよコジマさん。 「うん、いや、男はつらいなぁ、ミズノくん」 この言葉に黙り込むミズノくん。あーうん、意味通じたんか。おもろい。この子おもろい。コジマさんは首をかしげている。 「あー、女の子はつらないって言うてるんとちゃうよ」 「そうなんです!女子サッカーって風あたりきついんですよ。どうせテレビなら宣伝して下さいよ。女子サッカー万歳!」 一気にまくしたてる彼女に一瞬面くらう。 「解説すると、彼女は部活で女子サッカー部の部長なんですが、同時に男子サッカー部のマネージャーもやっていてとにかく大変なんです」 「そんな感じです」 肯定するコジマさんに一つの疑問が生まれる。 「それで…ミズノくんとはどういう関係なの?」 「だから仲間ですって。ミズノがサッカー部の部長。つまりサッカー仲間。あ、あとクラスメイトです」 「あ、コジマ。映画始まるぞ」 ミズノくんは腕時計をちらりと見る。右手につけているから左利きなのだろう。繋がれた手は、そのままだ。 「え、じゃあ急がないと。じゃ、すみませんがこれで」 コジマさんはちょっとはにかんで俺にぺこり一礼とした。やっぱり可愛いぞこの子。いやロリコンの気はないけど。そんなつもりじゃないけど。でもやっぱり変わった子だ。ミズノくんも俺に一礼し、走り出す。「え、ちょっと」と手を差し出してみるも、二人はもう豆粒だ。なんだあれ。めちゃくちゃ速い。そういえばサッカー部だったか。 ミズノくんにリードされ走る様は下手なドラマより絵になる気がした。なんだあれ。なんなんだあれ。 ディレクターさん、どうしますか。 「視聴者が突っ込める映像に仕上げるよ」 なるほどね?スタジオの連中も皆が声を揃えることでしょうよ。 「お前らなんで付き合ってないんだ」 と。 テープを見終わった水野は、こんなもの絶対小島に見せるものかと誓ったという。 その後、佐藤に発見され、大いにからかわれたというのはどうでもいい話である。 ちょっとやってみたかったネタ(笑)。 元ネタは大学受験の問題用紙に「水野は仲間ですと言い張る小島。テレビネタ」と書いてあったこと。受験会場でなに妄想してたんだ。 Back |