それは、もしかしたら世界への拒絶。

  022:MD


 日常。
 部員は全員帰って、水野と私だけが部室に居た。私は制服に着替え終わり、水野は練習着のままだ。窓からは赤い陽が差し込み、水野の顔を染めている。水野の茶色い髪が太陽光に反射してきらきらとしている。綺麗だと思う。

「そろそろ電気つけようか」
 水野に向きながら呟いてスイッチを探る。水野は「あぁ」と言いながら、合併教室から拝借してきた椅子に座る。同じく合併教室から頂いた机に部誌を開いた。5月22日、晴れ。怪我人、なし。
 シャカシャカと小さな音が水野の耳元から漏れる。この前からいかにも古い、黒い豆粒のような耳に詰めるタイプのイヤホンだ。いつものイヤホンは調子が悪いと言っていた。だから余計に音が漏れるのだろう。
 何を聞いているんだろうか。水野は良くMDを聞いている。試合前も集中するために聞いているのだとか何とか。自分の世界に入るのが好きなのだろうと勝手に思う。私は水野の前に座った。
 あ、この”怪我人”の”我”の字、綺麗。私好み。
 やっぱりまつげ長い。眉は絶対手入れしてるなあ。中途半端な毛がないもん。

 ……なんだか手持ち無沙汰だ。
 水野部誌書いてるし、MD聞いてるし。部誌書いてるだけだったら、色々話すのに。ちょっと拒絶されてるようで、それと同じ分だけ居心地が悪い。
 二人きりの空間で、けれどそれが日常というアンバランスさを感じる。付き合ってもないのに、男女が同じ空間に居て、それでいてそんな感情を出さない筈がないというのが”思春期の”考えのようで。誰と誰が付き合ってるだとか誰が好きだとか、そんな噂ばかりが漂っている。誰が誰を好きかなんて、すぐに蔓延するのだ。「絶対秘密よ」と何度小耳に挟んだことか。人前で「秘密よ」はないわよと私は思うのだが、ポーカーフェイスで居ることは居ないと同義らしい。とにかく、一緒に居るだけで好きだの付き合ってるだの言われるとかなわない。彼女たちの辞書には、きっと異性の”仲間”や”ライバル”はないのだ。

「……どうした?」
 水野は怪訝な顔をしている。イヤホンをずらしたら、音がさっきよりも大きく漏れた。ああ、見つめすぎたか。

「何にも。交代しようか、部誌。着替えてれば?」
 にこりともせず、そう言うと、水野も表情を変えずこう言った。

「さっきシゲが俺のズボンにジュースこぼしたんだよ。まだ濡れてるから、今日はこのまま帰る」
 それは知らなかった。ふーんと頬に両手をついて答えると、また暇になった。水野はイヤホンをまた耳の位置に戻した。
 ……こんなに暇だったら制服に着替えるの、もうちょっと後にすれば良かったな、リフティングでもしたのに。

「それ、貸して」
 しばらく考えた後、思いついたのは水野からMDを借りること。

「暇なんだな」
「見れば分かるでしょ」
 水野の真正面に座っていた椅子を右隣に寄せる。水野の頬に触れながら、イヤホンに手を伸ばした。
 水野は私に触れられるのが嫌なのか、しかめっ面している。もしかしたら馴れ馴れしく女が触ることを嫌っているからじゃないだろうか。知らない女が勝手に触ってきたとかでこの前不愉快そうにしていたことを思い出す。私はわざとじゃないぞ。それでもコードを絡まないよう、私側へ寄せてくれた。律儀な奴だ。そういう所、私は好ましく思っている。

「ありがとー」の答えは「壊すなよ」。もうちょっと信用してもいいと思う。けれど、こんな軽口はきっと仲間と思ってくれている証拠だ。”オンナ”じゃない。きっとそれは願いでもある。








「こんな歌聴いてるんだ」
 いつもの激しい流行の歌じゃなくて、優しい女性ボーカルの歌。
「深夜の音楽番組で紹介されてて、気になってCD屋回った」
 切ない恋の歌だった。
「綺麗な音」
 緩やかなピアノの音が透明感のある高い声に混ざる。とても心地いい歌だ。水野が気に入るのも分かる、ような気がする。

「共感した?」
「さあな」
「……私も、好きだなぁ…」

 男の子は女の子に恋をして、女の子は違う子を見てる。
 けれど、その思いは無駄じゃないから。
 好きという言葉はきっと伝えないだろうけれど。
 心の中でそっと呟く。


「……俺にも聞かせろ」

 左手はシャーペンを置いた。
 すっと伸びた手は私の頬をかすめた。
 左耳のイヤホンを外して。

 ついでとばかりに、唇に触れて。

 水野は、それを自分の左耳におさめる。
 私は、水野の行動に逐一目が離せなくなっている。



 ――心の中でそっと呟く ずっと好き
 ――僕は君に届かない 水曜の午後



 水野の手は、シャーペンを握りなおす。


 やだな、MD共有って二人だけの空間って主張されたみたいだ。
 やだな、やだな、やだな……。



 水野が、私を覗き込む。
 私は動けない。動けない。動けない。水野が近付いてきてるのに。顔が、こんなに近いのに。

 MDを聞いている水野は世界の拒絶をしているように感じた。
 今は二人で聞いてるから、だから二人で世界を拒絶してるようで。

 水野は仲間でライバルでクラスメイトで部長同士でだから今一緒に残っててマネージャーと部長でだからだからだから。


 唇が触れた。











 あれ、MD関係なくなった。




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