左右に身を乗り出して見渡すと、その闇に吸い込まれるかと思った。 038:地下鉄 左手にあるスーパーボールを弄びながら、佐藤成樹は地下鉄の線路を覗き込んでいた。 「ちょっとシゲ! 団体行動乱さないの!」 声の主は桜上水中サッカー部の世話焼きお母さんこと小島有希である。佐藤を咎める声に誰も難色を示さない。それが日常だからである。 本当にこの女は小うるさい。しかしそれをどこか快く思っている自分に呆れるような気分になった佐藤は、人に構われるのは好きちゃうのに、とこっそり思う。 「ええやん、これくらい。少なくとも今日ここに俺が居ることだけでもびっくり仰天やろ?」 「あのねえ…」 確かに地下鉄の運賃は他の私営電車に比べて随分割高なのが常である。そんな高い金払ってまでたかだか練習試合に行くのはあんま乗り気やないわー、とは昨日小島に佐藤が話していたことである。 もちろん佐藤は冗談のつもりで言っており、彼女もそれとは分かっていたのだが。 「アンタの収入源が分かんないから、どこまで信じていいのやら分かんないのよ」 分かんないことだらけね、と小島が溜息のような声を漏らすと、佐藤はにやりと笑った。 「小島ちゃん、聞きたいん?」 「別に」 小島は即答する。佐藤の打算的な表情を見ても動じない。 「つめたー」 この、小島の即答する様が好きだ。刹那的で、どこか排他的でもある。それは自分が求めているものの一つだからだと思う。だから手に入れたい。 小島は、もう水野の所に行っていた。今日の対戦校のデータを小島が水野に渡しているようだ。小島の真剣な表情と、時折見せる笑顔は自分に向けられたものではない。佐藤は蛍光色で黄色のスーパーボールを軽く地面に叩き付けた。 ぽーん。 瞬時に戻ってくる黄色を左手ですくい取った。 ぽーん。 無意味なことを考える。 ぽーん。 このボール遊びを咎めて、小島は俺に話しかけてくれるやろうか、と。 ぽーん。 これ、線路に落としたらどないなるやろ。 ぽーん。 ごうううん。 「…っシゲ!」 我に、返った。 「何してるの、早く乗りなさいよ、電車来たのよ?」 掴み損ねたスーパーボールはホームのベンチの下へ転がっていく。 その代わり佐藤の左手の中には小島の手がおさまっていた。 「ほら、閉まっちゃう!」 ぐい、と引っ張られた手。その中の、力の発生源の小島の手。 スーパーボールはベンチの下の壁にぶつかって、こちら側へ転がってくる。そして地下鉄とホームの間にころりと落ちた。 一瞬の出来事。 闇とその黄色のコントラストが、やけに目に付く。 その闇に吸い込まれそうだと、思った。 でも、吸い込まれなかったのは。 「ほーら!」 小島の声と、手の温もりで。 ぷしゅう。 地下鉄のドアが閉まる。 「何ぼやっとしてたのよ、もう」 「…別に、なんもないで?」 地下鉄が、自身だけを明るくして、闇の中を切り裂いていく。 どうにもシゲさんスーパーボールネタをやりたかったのです。シゲさんってスーパーボールとか弄ぶの好きだろうなーとか思うのですけど。シゲ有希ではなく、シゲ→有希→水野のイメージで。どうにも水野絡ませないと気がすまないみたいです<おい Back |