「なぁお嬢」
 大概彼はそう嬉しそうに彼女に話しかける。

「なっ、何よ佐藤」
 そして毎回彼女は驚いたように応じる。


「んー?やっぱ何もないわ」
「…そ、そう」


 いつもの会話とかいつもの日常とか。
 それでもいつでも少しずつ違う。




  045:年中無休




 教室にぼんやりと二人、座っていた。
 理由なんてあるわけがない。
 だから何故部活動を二人してサボっているのかと問われようともそれも答えられないのだ。

 さらさらと髪をなぞる風を心地よく思いながら、彼はいつもの口の片方を上げた笑みを浮かべた。彼女は彼のその笑みが嫌いだった。作られた、綺麗な、しかし不敵に見せる笑みだったからだ。

「私は嫌いですわよ」
 その笑い方が、と付け加えなくとも彼には伝わったようだ。


 二人してサッカー部の練習サボって。
 教室に二人っきりで居て。
 窓際の席にぴんと背筋を伸ばし、座る彼女に前の席に後ろを向いて彼女を見やる。

 二人だけ。
 特別な響きではある。

 しかし、二人は付き合っている、と宣言したわけではなくて。
 ただ、お互いが特別だった。
 たぶん。



 佐藤は「何で嫌いなん?」と聞き返そうと口を半分開いた。
 窓の外の方向を向いて自分に目もくれない遠くを見ている彼女が、その瞳が、うっすらと朱色の頬が、流れる髪が。
 とんでもなく愛しく思えて別にええや、と心の中で呟かせた。



「俺はお嬢のこと好きやでー」
「なっ」
 冗談のような、告白のような、奇怪な言葉。

「バッ、馬鹿!違うわよ!」
 何が違うと言うのだろうか。
 いかにもからかうのが楽しいとばかりにけたけたと笑う。

「かわええなぁ」
 未だからかいの笑いの彼に彼女はふ、と真顔になった。
 引きしまった表情からは、緊張にも似た空気をも出していた。



「…佐藤。私、嘘を吐く男はもっと嫌いですわよ」
「…かなわんなぁ」

 一度下を向いた。
 彼女からの表情が分からない。
 苦笑のとき特有のため息のようなものが彼から聞こえてくる。


「なぁお嬢」
 ゆっくりと顔を上げる彼は。

「好きやで。」
 その笑みはいつもの笑みではなく。

「…と、とりあえずは、信用いたしますわ…っ……同じクラブ部員として。」

 彼女もいつか誇ることになるだろう。
 その笑顔は自分だけのものになるのだと。

 暖かい空気。
 ゆったりと流れる、風。
 凪いでいく風がカーテンをちらりと揺らす。
 沈黙が心地よい相手を目の前に、時間は風と同じようにのんびり屋さんだ。
 それでも自分の目をずっと見られていることで、時は止まったようにも感じられた。



「…いつまでもそんな顔で見ないで下さる…?」
 佐藤は更に目を細める。
 目はそらさないまま。





「…戻ろかー…、キャプテンズに怒られに」
「あ…」

 きっと蹴りたくなったのだろう、サッカーボールと呼ばれるあれを。
 結局はそういう男だと彼女は知っている。

 しかし彼女も。
 どこかで言葉に出しては、プライドからは言えないが。
 サッカーボールに触れたいと、追いかけたいと思っていた所だった。


「仕方ありませんわね、戻ってあげてもよろしくてよっ…」

 佐藤は喉の奥でクックと音を鳴らし、

「またリフティング教えたるわなー」

 彼女の髪を触る、というよりは頭に手を乗せるといった感じで彼はそのまま立ち上がった。






 笑顔がやたらキレイだった。
 空が、キレイだった。


 いつもと同じ空が、キレイに感じた。

 空の下で、ボールと仲間と走り回りたいと思った。

 でも。







「…あ」

 彼女が口にした言葉はいじっぱりから来たものではなく、

「あと、三分だけ、ここに居ますわっ…」

 佐藤への誘いで。



「──んじゃ、俺も三分。」

 その言葉が伝わるからこそ、それが分かる彼だからこそ、居心地は最高で。
 あと三分と言ってくれた彼女だからこそ、彼は安らいだ。







 年中無休のサッカー部。
 たまには自主休部なんかして。




 さあ、明日はどうやって二人の時間を過ごそう?










 年中無休の割に結構休んでませんかお二人(笑)。






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