だって。

 それは俺たちのはじまり。





   051:携帯電話




 ほたるのひかり まどのゆき
 ふみよむつきひ かさねつつ


 そんな努力して勉強、頑張ったわけじゃない。

 でも、雪の灯りを頼りに冬休み皆でサッカーしたよな。

 それだけ、俺たち、サッカーにのめり込んでた中学時代だった。









「水野ー」

 小島が大声で女子の大集団に声をかける。

「夕子ちゃんが呼んでる。急ぎの用事だって!」
「分かった、今行く」

 女子をかき分けて自分のもとへやってきた水野に小島は苦笑した。

「で、香取先生、何の用事って?」
「さあ?」

 女子に囲まれて身動きできなくなっていた水野に助け舟を出したつもりだったのだ。何となく真意を掴んだ水野は小さな溜息をついた。
 二人はサッカー部の部室に足を向けていた。これから森長の提案で集合写真を撮ることになっていた。まだ、寒い。しかし頬を凪ぐ風は少し温かく、二月に感じた痛みを伴う風は吹かない。

「水野、ありがとうは? それかお礼の品。120円以上希望。あ、それともあのままが良かった?」
「馬鹿言え。…助かった」
「んー、でも、最後だから、あの子たちもいつも以上に言いたいことあったかもしれないね。放っておけば良かったかな」
「なんだよそれ」
「んー、卒業式ぐらいはさ、逃げられてばっかだった水野君に、告白くらいしたかったんじゃないかなって」
 伸びをする小島を眩しく見て、水野は本当に今日が卒業式なのかと自分のカレンダーを疑ってしまう。いつもの校長先生の長話をしているのをぼんやりと眺めながら、この後にサッカー部で紅白戦をする為のメンバーの戦力振り分けを考えて。…それは、あまりに日常すぎた考えで。クラスの泣いている女子を横目に、泣ける自分が想像できなかった。

 別世界への不安。私立受験の自分は「次」が見えてはいるが、公立受験の人は結果すらまだの今、中学という暖かいカゴから放り出されてしまった気分なのかもしれない。
 今は、そう、階段の途中なんだ。そんな途中で泣いていたら、その先にあるもののもとへ辿り着けっこない。立ち止まっている場合じゃないんだ。

「小島なら、告白したい?」
 この少女は自分の考えに酷似していることを知っている。
 彼女なら、否と答えて、別に節目ってことはないからと笑うだろう。


「したい、かもしれない」
「――なんで?」

 自分の想像の答えと違っただけだ。なのにどうしてこんなイラつく。


「さあ?」
 小島は先程と同じはぐらかし方をした。

「…答えろよ」


 こいつに、好きなヤツがいるからって、そんなことはどうでもいい。
 それより、こいつと考えが違うってことが、どこかもどかしい。



「どうしたの、水野」



 どうも、しねぇよ。



「聞きたい?」




 知るか。




「いいよ、教えてあげる」




 小島の笑った顔は、綺麗だった。




「だって、当分会えなくなるでしょ」
 至極当たり前のような声に水野は驚いた。
 ああ、そうか。そりゃあそうだ。
「せめてキズナが切れる前に気持ち伝えて、違うキズナ作りたいのよ」







「小島」



「なに」
 サッカー部の戸に手をかけた小島は振り返って俺を見た。



「高校行っても携帯の番号、変えんなよ」


 それは、水野なりのキズナの繋ぎ方。




 その時の小島の顔は、くしゃりとした泣きそうな顔で、でも俺にはさっきの笑顔よりも綺麗な気がして。




 その時俺は、この顔が日常に見れないのかと思うと、卒業を実感した。




 好きだ。




 心の中だけで呟いて。




 すれ違いざまに小島の手に偶然を装って、触れて。



 ガラリと、部室の戸が開く音がする。









 あれ、靴の話を書いていた筈なのに。何故に携帯電話。
 そして何故に卒業式の話。
 そして水野さんムッツリ。







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