遥かなる空を見上げて飛行機雲を追いかけてた。 061:飛行機雲 小さい頃、飛行機雲を見ると必ず追いかけてた。 最初は首が痛くなるほど見上げて、その後その体勢のまま走り出してた。 飛行機が見えなくなって、その雲が消え去る、その瞬間まで。 息が切れるまで走り続けた。 あの時は喪失感もなかった。 いつかは自分の手中に入ると思っていた。 追いかけた飛行機雲が消えてしまうのは自分の足が遅いからで、いつかは届くと思っていた。 飛行機が自分の足よりもはるかに速いスピードで空を飛んでいるのだとか、雲はつかめないものだとか、知りもしなかった。 次は絶対につかんでやるんだと思ってた。 いつしか目でさえ追うこともなくなった。 「どうして追いかけなくなったんだ?」 彼の突然の問いかけにとまどった。 話題を振ったのは自分なのだから本当はとまどうはずなんてないのに。 サッカーボールを抱きしめながら空を仰ぐと、まだかすかに飛行機雲の欠片を残していた。 かすんでいく雲をまぶしく見つめながら、どうしてもきっぱりとしか言えなかった。 「うん、きっと成長したからよ」 言葉にしてから、急に違う気がした。 「他に興味が移ったんだと思うわ」 ただ、飛行機の速さと、つかめないことに落胆しただけだ。 大泣きした記憶などない。 自分の中でなんとなく、離れていったのだ。 中途半端な、少し無理矢理な笑顔を作って、でも彼には見せずに言った。 「さ、練習に戻りましょ」 サッカーボールを地面に置くと、足の裏で転がした。 サッカーを初めてする時に誰もが一度はする行為だと思う。 そんな事をする事で、別にその頃の自分に戻れるとは思ってはいないのだが、気まぐれに足を動かした。 彼は肩をつかんだ。 「何」 少し間を置いて彼は呟いた。 「飛行機雲は、俺の知る限りだけど…唯一、人間が作った雲だろ」 鼓動がやたらと早かった。 彼の目線に合わせるのが怖かった。 中学生の知る限りなんて、狭い。 けれど。 「…だから、お前もつかめるよ、飛行機乗りながら手ぇ出したら」 彼は、もう片方の手をポケットから出して、空の飛行機雲のあたりにかざした。 馬鹿馬鹿しい。 つかめるわけない。 飛行機乗りながらでも、飛行機雲は水蒸気なんだから。 つかんだつもりでも絶対にその手は空を切る。 けれど。 「次は、大丈夫。負けんなよ」 「…そんな話、してないわよ」 肩に置かれた手を離すようにすると、彼の手に触れた。 どうしてだかその手は冷たかった。 「ふーん、そ?…忘れた。」 クールな顔を見せた後、彼はポケットに手を入れながらくるりと背を向けた。 「何か食いに行く?」 顔だけ向けられたその表情は、なんだか微笑んでいるようで、天邪鬼に言い返した。 「練習は?キャプテン」 「おごる」 しかたない、付き合ってやるか。 自分にそう言い訳して、足の下のボールをワンタッチで蹴り上げた。 しっかりと腕の中へ収めると少し笑った。 「じゃ、行く」 飛行機雲は出来ては消え、出来ては消える。 今日も世界中でいくつも生まれては消えている。 でも、誰一人本当につかめた者はいないのだろう。 それでもなんとか無理矢理にでも飛行機の窓から顔を出して触れた者はいてもいいんじゃないだろうか。 どんなに困難な夢でも諦めない限りなにかしらの方法はあるのではないだろうか。 ぐんぐん真っ直ぐに伸びていく飛行機雲が好きだった。 最初は首が痛くなるほど見上げて、その後その体勢のまま走り出してた。 飛行機がどんどん自分との距離をおいていくと、その首もしだいに普段通りの位置に戻った。 地面と水平の視線になる頃は、むしろ苦しくて下を向いて呼吸をしなければならなかった。 頑張って走ってた。 飛行機雲は真っ直ぐに夢への道を歩んでいっているように見えたんだ。 だから、つかんだら自分も真っ直ぐ行けると思ったんだ。 なんとなく、彼は飛行機雲に似てると思った。 だから、服の腕の所を少しだけつかんだ。 驚いた顔を一瞬して見せ、そのまま二人で歩いた。 飛行機雲と違う所は、彼は触れることができるという事だった。 今も、遥かなる空を見上げて飛行機雲を追いかけてる。 ミズユキとは言ってませんが私の中ではミズユキです(爆) あんまりしたくないんですが補足説明↓ 女の子はサッカーの試合に負けちゃったんです。 そんな日のお話です。 Back |