肩越しに、触れるもの。 肩越しに、ただ感じる暖かさ。 086:肩越し 最初は、ただのディスカッション。 段々それはヒートアップ。喧嘩することも少なくない。 そして、最後は、……。 「大体いつも言ってるけど水野は落ち込みすぎなのよ。変化の差が大きすぎる」 小島が言っているのは本日の試合のことだろう。他校が練習試合に桜上水へ来ていたのだ。 水野は溜息を吐く。部室で部誌を書いているのは二人だけだ。部員は試合終了と簡単なミーティング後すぐに帰した。水野は逃げようがない。小島はシャーペンの頭を頬で数回押しながら口は止めない。 「良いプレーする時は同じ年代の選手の誰にも引けをとらないくらいのパフォーマンス見せるくせに、ちょっとした事で崩れるととたんにダメダメ。ねぇ、聞いてる!?」 「聞いてるよ、そんな大声出さなくても。それは自覚してるんだから言うなよ」 「じゃあ直したら?自覚してるのに改善の結果が見られないのは怠慢じゃない?」 その言葉にはカチンときた。 「自覚しただけでプレーの内容が安定するはずないだろ」 「でもある程度は訓練で何とかなるはずでしょう、東京選抜に選ばれるくらいの人間なんだったら、せめて努力くらいはしてみたら?もっとも、努力するだけで実のない選手なんて捨てられるでしょうけど」 刺々しい声に、押し殺した声が重なる。 「なんだよ、試合に出てないお前に何が分かるんだ、偉そうに」 それは、言ってはいけない、彼女へのタブー。 出てない、じゃない、出れない。そんな苦しみをずっと抱えている彼女へ言うべきではなかった言葉。 「……あ、ごめ、」 とっさに出た言葉は謝罪のもの。しかし、小島を殺すには十分な言葉を出した後では何の意味も持たない。 ぼろっ。大粒の水滴が小島の顔を濡らし始めたのは、すぐのことだった。 「こ、じま」 「……え?」 変な笑顔。作ろうとして失敗した、そんな顔と、止まらない涙。 「え、やだ、わたし、泣いて…」 制服の袖で拭い、慌てて立ち上がった。自身のロッカーの前へ駆ける。 えへへ、という、誤魔化した笑い声に、鼻をすする音がする。 低く響く、がん、という音。小島が軽く頭をロッカーに押し付けたようだった。 「……小島?」 恐る恐るといった雰囲気を持つ自分自身の声を、若干忌々しく思いながら、水野は立ち上がった。このままの状況でいいはずがない。立った時の音は大きく響いて、濁音を含むその音は小島の肩を揺らした。自身の小さな泣き声しかなかったこの小さな部屋に、異質の音が混じったのだから、当然といえば当然なのかもしれないが、特に小島は周りに気を配っていたように思う。神経を張り詰めている。そういった言葉が無防備に泣く姿なのにも関わらず似合っていた。 「……来ないで」 きっぱりと告げられたのは、拒絶。 「こ、ない、で……おねがい……なん、でも、ない、から……」 ずるずると小島はしゃがみ込んだ。足に力が入らなくなったのだろうか。震える肩を、ただ俺は小さい、と思った。 「小島。」 小島に近付いた。来ないで、と、拒否されているのに、近くで何か伝えなければと思った。 ふいに小島の丸めた背に何かが当たる。小島が慌ててちらりと見たら、小島の背と水野の背が丁度触れ合っていた。ロッカーを前に三角座りをしている小島と線対称のように、水野も座り込む。 「来ないでって言ったじゃない」 「だから、俺と小島は今世界で一番離れてるんだけど」 小島が見えるであろう角度で、水野は空に丸を描く。ほら、こういう風に背中合わせてたら地球上で一番遠いだろう、という。 「…ヘリクツよ、そんなの」 いつもの、小島の声だ。ヘリクツと称されたが今は無視しておく。 「……小島、ごめん」 本音じゃなかった。 肩越しにお互いの温かさが伝わってくる。 人は暖かいと、優しくなれると、聞いたことがある。 肩越しの温かさは、まるで全てのものを溶かしてくれるようで。 小島の口から、言い過ぎたことを詫びる言葉が出るのは、しばらくしてからである。 最後の文が決まらなぃ……。結局削りました。肩越しなのか背中合わせなのか分からない内容で本当に「肩越し」で書いていいのやら迷いましたが、ま、いいや。 「背中合わせ」は恐ろしく私の中で萌えポイントです。背中合わせで戦える仲間とか、意地っ張りなカップルとか(今回はこれですね)、背比べをする兄弟とかっ。 一応補足。小島さんは、弱い子じゃないです。いつもなら、流します。流せます。でも流せない時期とか、自分が負の方向へ思いが傾いているとあると思うんです。今回は水野が安定していなかったことに対しての苛立ちが、自分が最高の環境でサッカー出来ない苛立ちに乗算されたから、っていう、ことを、伝えたかったんですがー…。どうにも水野視点だったために曖昧になってしまいました。補足というか言い訳でした。 Back |