サイレンが鳴る。
 私は、贅沢なことに、一番、聞いていたいと思う。
 笑って、聞いていたいと思う。
 それは、甲子園のサイレン。
 終わりを告げるサイレン。

 私に夢を見せて下さいますか?

 夢を、ただ、傍で、同調させて下さい。
 ベンチの中まで望みません。

 ただ、近くで。
 その汗が見える距離で。
 その笑顔が見える距離で。
 一緒に笑えるだけの距離で。
 その瞬間を、世界で一番多く聞きたい。





  091:サイレン






「夢を、見ているんです、ずっと」

 凪は穏やかに言う。

「いつ、私は目覚めるだろうか、って心配してます」

 凪は照れくさそうに言う。

「目覚めたくなんかないですけど、でも、その目覚める時、目覚まし時計の音が…」

 凪は暖かい笑顔で言う。

「甲子園の、あのサイレンだったらな、なんて思っちゃうんです」




 この笑顔が愛しいと思う。
 ずっとこの笑顔で過ごさせてあげたいと思う。
 それは、自分のエゴだと知っている。
 それでも、出た言葉は。


「甲子園のサイレンごとき、俺が凪さんの為に鳴らしまくってやりますよ!」


 彼女に何かしてあげられることと言っても、自分は不器用で馬鹿でどうしようもないヤツだと自覚はしているから、せめて彼女の好きな野球で夢を見ることの手伝いが出来るならそれをしたい。
 彼女が望むこと全てをかなえてやりたいと思うのに、彼女の望みはいつも野球に向けられているのだ。だとしたら、自分がその野球をやるしかない。

 結局はそこへたどり着いてしまうのだ。

「応援しますね」
 そんな笑顔を向けられただけで、頭ん中がどっか行っちゃったみたいになる。
「はいっ、ありがとうございますっ」
 そんな常套句しか使えなくて、でもきっと気持ちは伝わってると思った。
 練習でも何でも、キツくても、俺は君が望むなら、やるから。とことん一直線の熱血馬鹿だと沢村に称されたことがあった。それを思い出して余計に力が入る。





 じゃあ、どうせやるなら日本一目指してやろうじゃねーか。

 彼女の為に?
 それだけじゃなくて、自分自身、そのサイレンの音とやらを一番多く聞いていたいらしいから。








 凪嬢が割と好きだったことが判明。最近めっきり読んでおりません(そんなんばっかだな)。




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