涙の数だけ強くなれるよ
 アスファルトに咲く花のように―――


    097:アスファルト


 今日の部活は早くに終わった。だが夏だからそう感じるだけかもしれない。
 6時という時刻はまだ十二分に明るく、8時になってようやく暗くなるという時期だ。
 遠く近く鳴いている蝉の声は、夏といえばうるさいと連想させることが出来る程度にはうるさかった。
 練習着から制服にまた着替えるのは億劫な気がしたが、仕方がないと俺はシャツを脱ぎはじめた。




 俺は溜息をついた。どうしてこんなことになったのやら。
 小島が賭けをしようと言い出したのは部活開始前。シゲが4時までに来るか否か。シゲは最近真面目に練習をしていて、ここ1週間は3時40分には来ているということを把握していた俺はもちろん来る方に賭け、小島は来ない方に賭けた。結果シゲは4時半に来た。補習に呼ばれていたという。

 かくして俺はアイスを奢る羽目になった。
 どう考えても小島はシゲの補習の存在を知っていたとしか思えないが、後の祭りとしか言いようがないだろう。




 水野、帰ろうっ、と、小島は笑顔で言った。練習の後にこれだけ元気ならアイスを奢る必要もないよなと返すと、あたしって心が広いから一番安いので良いわよとぬかしやがるので100円のアイスを1つ買った。真ん中で2つに割れるヤツだ。
 小島ばっかり美味しい思いをさせてやるか。
 小島は不満気にそれって一つじゃなくて半分じゃん、約束違反よと言うが外に出て茹る暑さの中、ぱきんと割ったソーダバーの片割れを口に突っ込んでやると大人しくなった。
 女はね、甘いものを食べさせとくと黙ってるものよ。
 どのおばさんの名言、いや迷言だったか。
 取り出したアイスの袋の当たりクジを見ると、まあものの見事にハズレで、そんなもんかとコンビニの前のゴミ箱に捨てた。
 暑さは最高潮を越え、湿気だけが身体にまとわりつく。
 そのソーダバーは、やたらと甘く感じた。実際には炭酸が入っていないからだろうか。ラムネ入りの方が自分は好きだななどと思いながら、しゃりしゃりと音を立ててかぶりつく。口の中で溶けるアイスは乱暴に飲み込むと、喉から食道に落ちていくのが分かった。その感覚が気持ちよくて大きく口に含んだ。小島に溶けるから早くしろよと軽口を叩く。蝉の鳴き声はだんだんと小さいものになっていた。立ち止まっていると一日の疲労が足にかかるようで、しかしその疲れが妙に心地良かった。
 コンビニの前で小島と二人で突っ立っているのが気恥ずかしかったというのもある。俺は必要以上に素早くそれを食べ終えた。最後木の味がして不味かった。棒をゴミ箱に狙いをつけて放り投げる。小島に喰いながらでいいから帰ろうぜと声をかける。首を縦に振ったのを確認して俺は鞄を持ち直した。



 小島のアイスを食べる速度は遅い。食事のペースは別段遅くなかったはずだがと思い出すのだが、自分の三倍は遅い食べっぷりに違和感を感じる。
 言及すると、だってお腹壊しちゃうかもしれないじゃない、だと。まあ良いけどな、落とすなよ。
 言ったそばからぼとりと水色の物体はアスファルトに飛び降りた。言わんこっちゃないと呆れると彼女は蟻のエサにでもなるでしょと涼しい顔だ。
 全く、それ、俺の金で買ったからだろ。小島はしかし名残惜しそうにそのアイスだったものを見ていた。今更未練もないだろうと声をかけると、ううん、そうじゃないの。と、はにかんだ笑みを見せる。

 俺はこんな小島の笑みが好きだ。
 特に目を細めてにっこりとする時の顔は、他の誰もこんな表情はしない、小島だけの顔だと思っている。


 ほら、花が咲いてる。


 小島が指差したのは、アスファルトの割れ目から小さく顔を出す紫の花。たくましいねえと笑うと、小島は数年前の流行歌を口ずさんだ。

 涙の数だけ強くなれるよ アスファルトに咲く花のように――

 小島は空を見上げてから、俺に一度目をやり歩き出した。慌てて追うように二歩ほど小走りする。途中から歌われたその歌は、一フレーズが終わるまで小島から紡ぎ出された。意外と歌は上手い。終わると小島は歩きながら俺を見て話し始めた。
 私ね、この歌好きじゃなかったのよ。俺は首をかしげる。蝉の声がうるさい。夏の風物詩ではあるが、好きか嫌いかは別問題だろう。小島は続けた。
 だって涙の数だけ強くなれるのよ?

 ――私は、泣けば泣くほどサッカー出来なくて弱くなってた。それに、泣くくらいで強くなれるなら練習そっちのけで泣きまくってやるわよ。

 前者は納得できるが後者はギャグとしか思えない。そういう強さじゃないだろ。悔し涙をバネにして精神的に強くなるって意味だろ。
 分かってるわよー、小島は口を尖らしている。がしがしと木の棒をかじっているが、こいつは木の味が不味くないのだろうか。ぼんやりとそんなことを思う。

 ……あんたには分かんないわよ。小島は言う。たぶん俺に聞こえないように言った。だけど聞こえた。俺は、恐らくこの言葉を無視するべきだろう。
 外気温は下がってきているのだろう。もう陽も見えない。しかしアスファルトから跳ね返ってくる熱気は異常とも思えるほどだ。
 今、蝉が鳴いていてくれて良かったと思った。じゃないと二人黙りこくって、静かすぎるから、きっと間がもたない。話をしているとき、そんな意識なんて全くしていない筈なのに、小島と二人で居るとまれにそんな瞬間が生じるもの事実だった。

 蝉の鳴き声は急にやむ。
 台風が近付いてくるから明日はテレビなどの警報に注意するようにとホームルームで言われたことを思い出す。暴風警報が出たら学校は休みですと。だからかもしれない。ざあっという大きな音と、背中に感じる大きな風。どこかの家の庭の木が、どこかの家の窓ガラスが、音を立てて風が移動していることを知らせる。



 小島はしかめっ面をしてアイスの棒をくわえながら、水野、この棒って変な渋い味するよねと言った。
 同じことを感じていた些細な出来事に苦笑したくなる。ああ、とだけ答えれば、また風が吹いて、明日台風なら部活中止かなあと目を細めた彼女がいた。


 交差点にあったゴミ箱にアイスの棒を小島は捨てに行く。投げたりなんかしない。





 本当、サッカー好きな、お前。
 あきれてない。あきれてないけど。そんな口調で言った俺に、彼女は。

 うん。
 大きく笑った。


 道端のプランターから覗くヒマワリみたいな笑顔で、でも、まるで何かのようなと例えるほど俺は小島の笑顔より綺麗なものに出会ったことがない気がした。

 でもさ、それはあんたもね。
 にっこりというよりは、ちょっと不敵で、強気で、目がまっすぐで、そんな顔を見せる。
 それって最上級の褒め言葉。
 そしてその表情が、俺は愛しく思っているのだ、言わないけど。





 じゃあね。ああ。また明日晴れると良いね。台風だけどな。

 手を挙げて小島と別れた後。アスファルトには雨が黒の斑点を作り始めた。












 ぜぇはぁぜぇはぁ。これ書いたの8月ですよアップ10月ですよぶっちゃけありえない((c)プリキュア)
 今年は台風上陸が多いですね。
 亡くなられた方のご冥福を祈りつつ。




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