空が暗い。
心の中も暗い。
『孤独』
もぞもぞと布団をはねのけると。あたりまえか、と思った。
夜だ。これで空が明るかったら怪奇現象だ。疲れてしまって夕食をかきこむと早々に8時頃寝てしまったのだと思い出した。
妙に目が冴えていた。低血圧の俺が珍しいと頭をかく。時計を見ると午前2時を過ぎた所。
9、10、11、12、1、2。
極力ぼんやりと数える。眠れると思ったのだが余計冴えてきた。6時間も寝たのか。それは、いつもの睡眠時間より少し少ないくらいだった。
顔をあげて、ベットの上に放り投げられていたままの携帯電話に手を伸ばした。ランプが点滅していないので着信も新着メールもないと分かると、手を伸ばしたまま力尽きた。部屋の灯りを付ける気にもなれず、そのまま寝ようと試みたが。
何故か寝付けなくてまた携帯を取ってみた。携帯電話の依存症というわけではないが、今なんとなく持っていたかった。
寝転がったまま二つ折りのそれを開けると、青白くてやたら目に痛い画面が飛び込んできた。思わず目をそらして、直接見ないようにすると、少しずつ慣らすように本体をちらちらと揺らす。
電波は圏外から二本立った。目はすぐに慣れて買ったときのままの待ち受け画面の青空がどこか遠くに見えた。
暗闇で光るこの小さな機械は世界が広くなったようで狭く見せる。
広くも狭くもない自室が途方もなく広い場所に思える。暗闇のせいで部屋の境界線が見えないからだ。
自分の手中にある精密機からの光は、しかしその周りだけをぽっかりと浮かび上がらせており、自分だけがその光の中に居るように錯覚させて、やけに一人を主張する。
毎日が忙しくて学校にクラブに選抜に委員会、忙しいと口に出さなくとも、誰もが分かっているほど本当に慌しい。
そういうつながりでの知り合いはやけに多い。しかしその中で友人は?と問われるとほとんど居ないというのが現状だ。
人付き合いの悪さというか自を上手く出せない性分というか、それは傍から見ると父親そっくりなのだが、自覚などしているはずもなかった。
長く息を吐いた。
音楽をかけようと思ったが孤独を思い知らされそうだったし、真夜中にそれもどうかと思い直しすっかり暗くなった携帯をぱたんと閉じた。
本にも手が伸びない。普段好んで読む推理小説も血生臭さを思うだけで読む気になれない。何もすることがないし、したくもないのに意識ははっきりとしていらついてくる。
ホームズも今日はリビングで寝ているのか、と思ったところでまぶたの裏にあの時の光景が浮かんだ。
たった一人置いていかれた孤独を知っている。
両親が離婚する日に家に居た、あの時。
あの日だけサッカーが嫌いになった。
大好きで上手くなりたくて、でも父さんの方法が全部正しいとは思えなくて、でも言えなくて。
だからサッカー優先で自分と母親を捨てる父親が許せなくて、サッカーをしている自分も嫌になってた。
サッカー以外にやることがなくて、でもサッカーは絶対にやりたくなくて。
宿題があったはずだ、やろう。思い出したが授業中に終わってしまっていたことも思い出した。
自分が優秀だとはたいして思わなかったけれど、できることがあたりまえだったから、どこか自分よりできないクラスメイトとは一線を引いていた。
友達と呼べる友達はあまりいなかった。その結果今寂しいのだという考えには繋がらなかったが。
大きな家に一人。ホームズもどこかに母さんが預けてて、それを知らない俺はホームズの名を呼んで家中を探した。
とにかく寂しくて、それは絶対に認めたくなかった。
(あの時よりは大丈夫)
手の甲をまぶたに当てて、仰向きになった。
(大丈夫)
やけに天気がよくて、夕陽が真っ赤で、泣きたくなって。
「ホームズー…。」
孤独を全面に押し出して愛犬の名を呼んでいた、あの時よりは、一人じゃないと思う。
なのに。
どうして、目頭が熱いんだろう。
ぎゅ、と手を握り締めた。寂しくなんかない。
自分に言い聞かせる。
そうだ、夜、だから。
こんなに暗いから、だから。
昔なんか、感傷的に思い出したから。
だからだ。
闇が、孤独を増長させるから。
熱いだけで流れてないから、まだ、泣いていないから、怖くも寂しくもないんだ。
頭の上が、揺れた。携帯電話のバイブレーションだった。
水色に光っているそれは、ただ一人に設定してあるもので。
(まさか)
慌てて手にとって。
(なんで)
またまぶしかったけれど、目を細めて。
(…小島?)
新着メール1件
クラブのフォルダに1件メールが入っていた。ぎこちなくそこまでカーソルを持っていく。
小島有希。名前の上で決定ボタンを押す。気が、昇った。
001 21:32 送信者:小島有希
件名:Message from SkyMail
本文:大丈夫?無理しすぎないように。おやすみ
……。
自分で笑えた。こんなに単純だったとは思わなかった。
自分のひねくれた部分がどうしてこんなににやけてるんだと馬鹿馬鹿しく思っている。
送信時間が九時半?と、サーバーの不備だか自分の部屋の電波の入りの悪さだとかをうらめしく思う自分もいる。
それでも、やたらに嬉しいのが、孤独がどこかへ飛んでいったのが、大きな割合を占めているのは。
暖かい場所が目のあたりから胸のあたりに移動した。持っている携帯をぎゅ、と強く握った。少し汗ばんでいた。
光がふっと消えて闇になる。慌てて下へ移動するボタンを押すとまた青白く光った。
さっきのような世界の狭さを感じなくなった代わりに、自分の口の端が上がったのを感じた。
彼女の名を、親指の腹でなでた。これが、他の部活の奴でも、きっと嬉しかったと思う。
しかし小島だからもっと嬉しいと思うのはおかしいだろうか。自問しながら起き上がった。
電源ボタンを軽く押すと普段の待ち受け画面に戻った。
今度はその空を愛おしく思った。こんな空の下で、サッカーがしたい。
だから、この買った当初から待ち受け画面を変更しなかったんだと思い出す。
片手でぱたんと閉めると携帯を充電器にはめ込む。返信は、また明日。もしくはそのまま直接伝えよう。
“無理しすぎないように。おやすみ”
頭の中で小島の声で、そのメール内容を読み上げた。
「…うん、おやすみ」
ふわふわとした感覚。時計はもうすぐお茶の時間。
大きくわざとらしくあくびをしてみると、さっきまでかけらもなかった眠気が襲ってきた。
期待しすぎだろうか、うぬぼれだろうか。
彼女が私を頼ってもいいよ、と笑んでくれているような気になるのは。
…うぬぼれでもいいか、とまどろみの中で思う。
ごそごそと布団をかぶり直す。
心を占めるのは寂しさから変わった暖かみ。
心を動かすのは動揺から変わった切なさ。
そしてすとんと眠りに落ちた。
水野くんのが桐原の時もあるからと、一人称っぽく書きました。
俺という単語は数回しか出ていませんが。
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