「お前、アンブロ仮面だろ」
 クラスの女の子に冷ややかに言い放つ男の子。
 はっきり言って、「変な人」である。
 ……それが間違っているのであれば。



  『仮面』



「水野、くん。えっと、何の話?」

 極めて可愛らしく戸惑った表情を見せる少女。
 黒い髪が揺れ、大人しそうな印象を受けるが、対する少年の表情はけわしい。

「サッカー部の、特に馬鹿な行動する先輩が狙われてた。先週辞めてったやつらも。知ってる?」
「その、アンブロ仮面、に?」

 放課後の下駄箱で。

「あぁ」

 下駄箱の端と端で。


「アンブロ仮面は、お前だ」


 二人、真直ぐ、目線を合わせた。
 沈黙が、ぴりぴりと体中を刺す。

「証拠も何もないのに、変なこと言わないで」

 苦笑のように口元を一瞬緩ませ、しかし真顔の少女は鞄を握り締めた。
 少年にそのことが知れないように、こっそり握り締めた。

「どうして、毎日遠くから、こっそりサッカー部を見てた?」
 彼の質問は彼女の反論に答えておらず、少女はそのまま睨んだ。

「どうして、答えなくちゃいけないの?」

 彼女はくるりと横を向くと自分の靴箱からローファーを出した。

「サッカー部に好きな奴でもいるとか?」

 こいつの声は心臓に悪い、と思った。何故か動きが毎回止められてしまう。
 そっとローファーを地面に置いて、心の中で深呼吸した。
 少年の顔を見て肯定してやろうと思った。

「そう」
「違うだろ」 

 少年のハリのある声にかき消された。耳ざわりの良い透明な音に。

「違うだろ、好きな奴が居る部活をさっきみたいに睨んでるはずがない」
「凄い推理ね」

 間髪をおかずに、言ったつもりだ。

「でも、違うわ。単にサッカー部に嫌いな人が居るの。だからよ。
 ・・・サッカーは、嫌いじゃないわ。じゃないとマネージャーなんてするはずないじゃない。
 ・・・これでいい?」

 少女の目はこれ以上言うなと、追求してくれるなと訴えかけていた。
 最初の可愛らしく戸惑った顔はなりをひそめていた。

 彼は、それを無視した。
 彼女は、靴から手を離してそのまましゃがみ込んだ。

「違う、サッカー部自体を憎んでただろ、あの頃。
 あの時は気付かなかったけど、遠くから、今みたいな顔で俺たちを見てたんだ」

 淋しげに。
 どこか間抜けに遠くでカラスが鳴いている。
 ずいぶんと暗くなった。外は真っ赤だ。
 若干どす黒さが混じった血のように、けれど真っ赤な太陽。

 そして、悲しいくらいの赤に染まる彼を彼女も赤を背負いながら見上げた。

 逃げられない。彼の表情が、怖かった。

「サッカー部が嫌いでも、イコールそのアンブロ仮面、じゃないでしょ」
 少女は立ち上がった。
 上履きを脱ぐと素早く靴箱の中に入れた。
 その中に手紙らしき物体が押し込まれていたが、この少年の前で取り出したくなかった。

 そのままバタン、と勢いよく閉めると靴をはいた。
 運動なんか、サッカーなんかできない、革靴。

「そもそも」

 彼は真直ぐ彼女を見ている。
 視線で束縛するかのように、見やっている。

「サッカー部が嫌いならマネージャーにもならないよな。
 国分二中との試合中も、少ししか見てないけど、もどかしくて仕方ないって顔してた」

「…っ、ほっといてよ!」
「“でも、サッカーが好きだから”」

 ぴくり、と自分でも反応してしまったのが分かった。
 この自分の口から吐き出された言葉…。

「自己紹介の時に言ってたセリフ。ほんの何日か前のことだ。憶えてるよな」

 彼は言葉を選んでいるのか、ゆっくりと口を動かし続けた。
 クリアな声。どこかでずっと聞いていたいと思ってしまうような、綺麗な。




「サッカー。好きで好きでたまらないんだろ?だからあいつらが許せなかったんだろ?」

 一歩二歩と少年は少女に近寄って行く。
 彼女はそれに気付かず。


 ドクン、ドクンと血が巡った。
 音が聴こえる。

 ああ、もう言い逃れもできない。
 この少年はすべてを知っているのだ。



 やけに身体が冷えた。
 血が巡っている感覚はあるのに、同時に感じる血がひいていく感覚。
 目を、閉じた。


「だから、俺たちが許せなかったんだ」

 完敗だった。
 それでも。

「もし。私がそうだとしたら、どうするの?
 校長先生に校内で無抵抗の相手に暴力を振るっていた女ですって、学校中にさらしてみる?」

 手には汗がにじんでいた。
 まだやらなければいけないことがあるのに。そう、やらなければいえない。

 ふと、内申点が最高に悪くなるだろうと思った。
 そのまま馬鹿だと自分で嘲笑した。そんなことを思っている場合ではないのに。
 そんな覚悟はとっくにした上での行動だったのに。


 さあ、肯定したら?それとも脅す気?だったら、絶対に屈してなんかやらない。

「いや」

 彼の口から出た言葉は意外なもので。そこから続ける音は。

「そんなことは、しない」
「…じゃ、なに?」

 思わず見てしまった顔は。

「一緒に新生桜上水サッカー部を見ててほしいって所だな」
「…は?」

 穏やかな表情で。
 思っていたより近距離の顔に心臓が跳ねた。

「生まれ変わったから。まだまだこれからだけど。それを」

 言葉を切って、決意を話すかのように、堂々と誇らしげに。
 少女の目を見るように、下を向いて、それから目線の高さを同じにするようにしゃがみ込んで。

「小島さんがまたアンブロ仮面なんてしないような部にするから、だから」

 それは、真直ぐな、少しタレ目で、真剣な、瞳で。彼は初めて少女の名を呼んだ。
 アンブロ仮面は、サッカー部が腑抜けている時にしか現れないから。
 意味するところは、前向きで努力を惜しまないクラブにするということ。

「小島さんに見ていて欲しいって、思う」

 それだけ言うと彼は軽やかに立ち上がり、自分の上履きを靴に履き替えた。彼の靴は運動靴だった。
 彼女は固まったように動かない。皮膚が氷結したのではと錯覚するほどに、そこだけ空気さえ動かない。

「とまぁ、素直になった方が楽だぜってこと。帰らねーの?」

 呪縛が解けたように動ける。鞄をまた、ぎゅっと握った。さっきとは違う。
 彼は今から言うことを許してくれるだろうか、と小さく深呼吸する。

「あと一回」
「ん?」

 顔を赤くしながら彼女は喉から音をしぼり出した。

「高井のレギュラー落ち、私の意見も入ってるから。…あと一回でやめるよ」
「…頼む」

 逆光で彼の表情は全く見えない。でも、声はやたらと優しくて。

 バレてることが逆に安心できるなんて思わなかった。
 アンブロの帽子に髪を入れ、きゅ、と深くかぶる。
 これで終わり。





 私は、アンタ気に入ってるんだよ高井、だからそんな腐って弱音ばっか吐くな。

 水野、私にこの役任せてくれて、ありがと。



















 そして彼女は仮面を脱ぐ。
 彼女が彼女らしくあるために。
















 地の文で苗字も名前も使わないで書いてみたらどうだろうと実験。
 あの時こんな裏があったのだとすればあら不思議、高井相手のあのシーンもミズユキに(笑)。 






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