今日の目覚し時計は切っても切っても鳴り続けた。
…それって壊れてるんじゃないか?



『サッカーボール』



ピッ。
携帯電話の電源ボタンを押す。
…たぶん11回目。
ごそごそと布団をかぶり直す。
至福だ。
外はなんとなく明るいが腕の先も布団外に出したくない程度にやたら寒い。
寒いというかもう世界が冷たい。
何と布団の中の暖かいことか。
水野は頭の横にある時計を見た。

6時だ。朝練もないのにまだ起きる必要はない。

STAY AWAYの着信音がしかし無常に水野の頭をたたき起こした。

さっき止めたはずの携帯の目覚ましがまた鳴っているのだ。
変な設定でもしたかなと目をこする。
このままでは寝れないのは確実だ。


…ん?
STAY AWAYが?Driver's Highじゃなくて?

慌てて布団から腕を出し、画面を見るとそこにはニワトリが「おはよう!」とふざけている目覚ましのいつものものではなく。
「小島有希」の文字。


ピッ。


「おっはよー水野っ起きろ〜っ!」
「…いやがらせか?」

がしがしと自分の頭を掻いた。
ふわふわとした触れ心地からして、頭は爆発気味の予感だ。
テンションの高すぎる小島の声に、水野はうんざりとした。

「聞いてる?」
「聞いてない」

「だから。蹴りにいくぞっ!」
「なんで」
「だってっ!」

たいそう楽しそうな声である。
どうか俺を巻き込まないでくれ。

「今日は雪だよ!」


水野は電源ボタンを問答無用で押した。
それはもう素晴らしい勢いで押した。


ああ、後1時間は寝れる、それから登校準備をしても充分間に合う。
自分の考えに納得してがばりと布団をかぶり直すと幸福の暖かみが自分を覆う。
ああ、このままだと1分もしないうちにぐっすりだ。


そんな水野少年の思いは、やはりと言うべきか打ち破られた。


ガチャ。


「水野、起きてってば」
「…!?」

寒さを優先している場合ではない。
慌てて体を半分起こす。

そこには小島が満面の笑顔で俺と目を合わすと無言でびしっと親指を突き出した。
制服にサッカーボールを小脇に抱えて、間違いなく水野の部屋のドアを開けていた。


「早く着替えてよ水野」

少年の思考力はたっぷりと1つのCMが流れる程度には停止した。


「…とりあえず、ドア閉めてくれ、寒い」
風通りは最高に良かった。すきま風なんてものじゃない。
強風注意報発動したい。いや、そこまでじゃないかもしれないけれど、それぐらい寒かったのだ。

「良いけど、二度寝しないでね?」

パタン。

「ふー」



「…で、なんでおまえがまだ部屋にいるんだ?」
「気にするところじゃないわよ」
「気にするところだよ。てかそもそもなんで俺の部屋に居るんだ?」
「それは私が外でずっと電話かけてたら新聞取りにきたおばあさまに会ったからよ」

女は敵だ。

「とにかく。あと10秒で着替えて。じゃないと、いやがらせするから」

…。





「行ってきます」と祖母にだけ伝え、玄関の鍵を閉める。

寒い。

「ただいま」
「何駄々こねてんのよまだ5mも歩いてないわよ情けない」
駄々をこねているのは雪の日に朝っぱらから外に連れ出す小島の方だ。
予想以上に積もっているではないか。
これだけ冷えるのもうなずけるというものだが、嬉しさの欠片も水野の胸中にはなかった。

「知るか。大体俺はどっちかっていうと低血圧なんだ」
「あはは、っぽいね水野。あたしは大丈夫だから心配しないでね」
自然でかつ恋人同士なんかには見えないように小島は水野の腕を取る。
そう、付き合っているようにみえないのは水野が引っ張られているような格好だからだろうか。

「だれが心配なんかしてやるか」
引きずられながらの台詞では負け惜しみ以外考えられない。

「やだ…水野君ヒドイ…」
「あっそ」
「つっこんでよー、あたしまで寒くなったじゃん」
「それはそれはおめでとう」
一本の直線をたどるように抑揚がない声で祝いの言葉を言った水野に小島は笑った。

まるで。
そう、まるでパスの練習のよう。
ぽんぽんと返し返される言葉。
たまに足の裏を使って変化をつけるような、それでも必ず返される会話の楽しさ。


深く天から舞う雪を見上げ、その後足元の雪に視線をやる。
これ以上は降らないだろうと思いながら、車や自転車の軌跡の上をぎりぎりと踏みしめて歩く。
すでに小島に引きずられることを恥とし、自身の足で歩いていた水野は、足元からまた前に視線を戻した。

そこには小島が新雪の場所を選んで飛び跳ねており。

「危ないぞ」

聞く耳など、彼女には持ち合わせていなかった。




人工物が数度荒らした雪はすでにべたべたとしたみぞれ状になっており、アスファルトの汚れと混ざって灰色になっている。
そんな道路が終わりを告げたのは、自分達が一日の中で一番時間を過ごしている場所、学校だった。
真っ白いだけのグラウンドが目に入ったのと、小島が笑んだ瞬間はほぼ同時だった。

「ユキだーーー!!!」
小島が新しい雪の上を駆け回り、仕舞いにはダイブする。
普段の冷めた彼女からは考えられない無邪気さがそこにはあった。

「わー、白いー、冷たいーー」
「なんでおまえがそこまではしゃげるか分からん」
「あはは、ね!一対一しよ!」
「答えになってないぞ」


「いいからー。立ってても寒いだけでしょ?」
確かに、足の裏は雪の寒さが伝わって冷たくなっていたようだった。

ボールを水野の方へ蹴ると、小島は最高の笑顔を見せ、
「しよ!」
もう一度言った。


















「つっかれたーーー!!ね、ジュースおごって」

たいして積もってもいないのに小島は雪の上で寝転がった。
溶けて制服に染みるに違いない。

「なんで俺が」
まだ起きてから数時間と経っていないのにこの日数度目かに同じ言葉を音にした。

「10回以上電話したでしょー。あんた毎回取っては消して取っては消して…」
それは目覚ましが壊れたと寝ぼけながらに思ったからで、故意ではない。

「10回ってことは、ジュース1本分はかけたわよね?」

頭を冷やしたいのか髪を雪にこすりつけている。
風邪をひくのは時間の問題だ。
水野は小島のすぐ横にしゃがみ込んだ。

「ユキ」


「!?」


「すぐ溶けるぜ、早く教室行ってストーブつけて乾かせ」

「っ、わー、びっくりした!水野に名前呼ばれたかと思った!」
「…あのなぁ」

そんな反応をされるともう冗談でも名前を呼ぶことはできなくなってしまったではないか。

「ったく、ほんとに何でこんな朝っぱらから寒いのに…。
そもそもどうして俺なんだ」

ここにしゃがみ込んでいることすら寒い。
足も手もじんじんとして痺れてきている感覚が、先の方から全体に浸透していくようだ。



「えーと、サッカーボールをキレイにしたかったら!
それと一人より二人?」

なるほど。
つまり俺はサッカーボール以下の扱いと言うわけだな。
サッカーボールは友達だったりするわけなんだな?


「それに、ね」小島は笑っているようだった。
そういえば今日はずっと小島は笑っていた。

「あたし、雪、好きなんだ。朝起きて積もってて、嬉しくてさ」
それで俺が巻き込まれたと。
小島は起き上がった。
鉄棒に引っかけていたかばんに向かって歩き出す。

「うん、何でだか、水野と見たいって思ったんだな、これが」

「…なんて、反応したらいいか、分かんないんだけど」

「うん、あたしも。あはは!変なの。あ、そうだ、保健室行ってストーブのホース取ってくる。教室で暖まろう。ここ寒い。先行くね!」


一気に捲し立てた小島はかばんだけ持って走るように校舎へ入って行った。



なんだあれは。
振り回されてばっかりじゃないか。
俺と見たいとか勝手に言って勝手に引っ張り出しといて。
しかもサッカーボールを転がしたままではないか、これを持っていくのは俺の義務なのか?

ひとしきり心の中で悪態を吐くと、しゃがみ込んでいた膝を伸ばし、ボールに手をやった。
確かに雪の上で転がされたボールは泥一つ付いていない。



「寒…」

今からゆっくりと教室に行けば小島はストーブを付け終えているだろうか。
否、食堂横の自販機でコーヒーと紅茶でも買って、それから行ったら教室が多少なりと暖かくなっているだろう。

そう思い、水野はサッカーボールを胸に抱き、雪の上を歩き始めた。













ぎゃー。(何)
真夏に考えた話。アップは秋とはこれ如何に。全然違う話で「あ、雪」とか水野が言った時に
有希さんがどきーってしてあたふた意識してそれが水野にも伝わって二人ともあたふたして、
という感じのぬるいものを書こうかなーとか思ってました。






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