『悲しいの』―――声が届かないから。

君が?いつもにこにことしている君が?

『伝えたいの』―――ただそれだけを。

『伝えたいの』

そう、言葉を声で表せない少女が、泣きそうな笑顔で。
…言った。
いや、正確には「書いた」だ。
でも、目で言っている。
精一杯、言っている……。
その姿は、俺なんかよりも、年上にさえ見える。





蝉の抜け殻だった僕






「どうしてそこまでセミにこだわるんだ?」

真夏の日。
俺は目の前に居る大きいリボンの髪飾りを結わえた女の子に、 疲れた顔を見せた。
…とにかく今は暑い。外に出る事を考えるだけでも 本当にだるくなってくる。
俺はこの涼しい喫茶店から一歩も出たくなかった。
かきかきかき。彼女は一生懸命伝えたいらしいく 黒のマジックを動かす。

『好きなの。』

…………。スケッチブック一杯に書き、 本当に好きなんだなぁ、と思わざるを得ない笑顔。
……ここで「行かない」なんて言ったらどうなる事やら…。
彼女、澪は俺の後輩だ。
今日は澪と夏休み前から約束していた澪曰く『いっぱいいっぱい遊ぶ の』の、日。
俺はまた服を選ぶのを見たり映画に行ったりとした「遊び」 を考えていたのだが…。
澪はそうは思っていなかったらしい。

『あのね、せみさん見にいくの』
セミ、ですかい。
「蛍とかじゃ駄目なのか?」
こくこく。
首を大きく縦に振る。あー…頭痛くなっても知らねーぞ…。
くらくら。
あーあ…案の定酔っている…。気持ち悪いんだろな。
「蛍だったら奇麗だぞ、それに希少価値だ」
ふるふる。
またそんなに頭揺らすし…。
『せみさんがいいの』
こうなってしまえばとことん頑固らしい。

…仕方ない、付き合うか。
「……分かった、行こうか澪」
彼女はまた、ぶんっと酔いそうなくらい思いっきり頷いた。


「しっかしセミ…なぁ…」
居る。今、ミンミンミンミンジジジジうるさいくらいだ。
でも捕まえるとなったら別問題だよなぁ、網とかないし。
そう思っている間にも鬱陶しいくらいにセミの鳴き声が耳をつんざく。
ん?服が引っ張られる感覚がある。
『せみさんいっぱいなの』
嬉しそうな顔。
「そうだな。さてどうやって捕まえるかだが」
ぶんぶんぶん!
大きなリボンが取れそうなくらい頭を振る澪。
急いでマジックを走らせる…やはり澪と会話する時は時間差が 出来てしまう。
『捕っちゃダメなの!』
さっきとは一転、顔を真っ赤にしている。
「どうしてだ?」
『かわいそうなの』
………そっか…。
澪はそういう奴だった、な…。
俺は急にほんわかした気持ちになって珍しく微笑んだ。
「じゃあここでまったりするか〜。アイス買ってくるから、 ここに居ろよな」
ぶんっと首を縦に振り、澪は嬉しそうな顔をした。

俺は商店街から少し離れたこの桜並木を見て、一つ溜息をついた。
暑いのにセミが見たいと言った彼女は高校生なのだ。
そんな年齢を微塵も感じさせられないのは、彼女にとって 良い事なのだろうか?
それともコンプレックスなのだろうか。
ふわっ。
生温い風が俺の頬にぶつかってくる。
「どーせなら冷たい風、吹けばいいのにな〜」
ついひとりごとを言ってしまう。
澪ならこう言ったらどう返しただろうか。
『溶けそうなの〜』
半分目を閉じてうなだれてしまうのだろうか。
そう思ったら妙におかしくて少しだけ足を速めた。



「ストロベリーとバニラ買ってきたけどどっちが良かった?」
目をぱぁっと輝かせる様はやっぱり高校生には見えない。
かきかき。
『両方好きなの』
なるほど。
「んじゃあ半分ずつにするか」
こくこくと笑顔で返す澪。
最初にバニラの方を渡してやり、余ったその手で澪の頭を撫でてやった。
「うまいか?」
彼女はまた、笑顔で大きくうなずいた。






ミーンミンミンミンミーン……

ミーンミンミンミンミーン……






夕方にもなってくると若干涼しくなってくるらしい。
この頃クーラーの中に居通しだったからこんな空気も忘れていた。
澪は俺にこの空気を教えてくれたんだ。
澪と過ごすのは純粋に楽しい。
俺はこんな日もたまには悪くないなと思った。
数時間前までは外にも出たくないと強く思っていたのに。


「澪」

俺が呼びかけると澪は首を傾げてなぁに?と聞いてくる。
「どうして澪はセミが好きなんだ?」
今日ずっと疑問だった。
澪は最初驚いた顔を覗かせたが、ゆっくりとスケッチブックに 自分の想いを書きつづった。


『せみさんは私にはないものを持っているから』

『いっぱいいっぱい鳴いて自分のしたいこと言っているから』

『だから』

『好きなの。』


ゆっくり、ゆっくりそう伝えてくれる彼女は、俺にほほえんだ。



『せみさん大好きなの』

そっか…俺も好きになったよ、澪のお陰で。








初めて書いた二次創作で、Oneをプレイした後、すぐに思いついた話です。
初めてやったギャルゲーで、初めてのエンディングが澪でした。(ハッピーエンドではなかったけれど)
そんな思い入れも強いせいか、澪がやっぱり一番好きです。


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