ピンクの傘が灰色の空に浮かんでいる。

「待ってるんです。」

 そう、彼女のかすれた声は、雨に混じって消えた。



  Rainy you



 気には、なってた。

 でもそれを幼馴染の長森に言うとか、そんな気にはなれなかった。
 それは、やっぱり恋とか、そういう感情が何割かを占めていたからだろうか。


「よぉ」

「…」

「…ええと」

「…」


 無口な異性のクラスメイトが誰も居ない空き地に立っている。
 それも、雨が降ると必ず。
 それを気に留めたのは、たぶん俺が初めての人間だ。
 そして、そいつに話しかけたのも。

 少しずつ心を開いてくれて、それから裏切って。
 分かんなくて、分かってもらえなくて。
 それでもやっとのことで手を取れた。
 もうこの手を絶対に離さないと誓った、願った。





 あれから随分の月日が経った。
 茜は、まだ俺の傍に居る。
 今日、やっと俺は彼のことを聞く決心がついた。
 あの日の茜を待たせていた男のことを。








「茜、俺のうち来ないか?」
「…」
「いや、やらしいことはしません」
「信じがたいです」
「信用ないな」
「前科があります」
「…」
「…」
 茜はジト目でこちらを向いた。おさげが揺れる。

「クレープ奢るから」
「…」
 お、顔つきが変わった。

「苺追加トッピングしていいぞ」
「…生クリームもです」
 俺はそれを了承の合図だと認識して、思わず笑みが零れてしまう。
 茜は率先してパタポ屋に向かった。





 追いかける形で俺は後ろから呼びかける。

「あのさ、茜」
「なんですか?」
 顔にはあまり出さないが、やはり機嫌は良さそうな顔をこちらにやる。
 ちらりとのぞいた顔にどきりとする。
 前から綺麗な雰囲気はあったが、最近可愛らしさより綺麗さが目立ってきた。
 茜も、恐らく俺も成長している、あの時より。

「聞きたいんだ、あの日、待ってたヤツのこと」
「―私が、繋ぎとめておけなかった人の話を?」
「ああ」
 決心したような俺の声とは対照的な茜の戸惑いがちな声は、商店街に差し掛かったからか、そこで小さく聞こえる。
 茜は唇を湿らし、顔を前に向けた。
 俺の顔を見ないように、俺に顔を見せないように。

「別に、楽しい話ではないですから」
 そう言う茜に俺は言う。
「楽しい話は期待してない。茜が昔思ってたこと、昔体験したことが知りたいだけだ」
「……」
 茜は本屋の前でぴたりと足を止めた。

「…クレープ食べ終えてからでいいですか?」
 俺の答えは「もちろん」だった。


 街路樹の葉が落ちた空の下で食べるのもどうかということで、結局クレープはお持ち帰りとなった。
 道中会話はほとんどなく、それでも俺は茜との空気を楽しんでいた。
 楽しいというより、暖かい居心地を感じているのだと思う。

 俺の部屋に入った茜は、俺の誕生日に贈ってくれたクッションを抱えて座った。

「暖房つけるか」
「大丈夫です」
「ちょっと凍えてるぞ」
「目の錯覚です」
「…じゃあつけるぞー」

 話してくれるのを、俺はただ待った。
 茜がクレープに二口かぶりついた後、話は始まった。
 ゆっくりと、クレープは食べながら。
 それはたぶん、気持ちの整理がつかなくなった時の武器として使うんだろう。













 中学生だった頃。
 それでも一生懸命、精一杯、愛していました。
 だから、とも言えるかもしれないです。
 幼い自分だったからこそ、一身で好き、でした。

 あの頃は、今よりももっと笑ってて。
 毎日笑っていました。
 詩子も、一緒で。
 クラス皆仲良かったです。

 クラスで、その中でも特に仲が、良くて。

 そう、彼も私を好きでいてくれていました。
 一緒に公園に寄り道もしました。
 年甲斐もなく、ブランコでどれだけ高くこげるか、なんてやったり。
 あの日、はじめてキスをした時、…心臓が、うるさくて。

 あの空き地でアキアカネを追いかけました。
 私の名前が入っているから。
 そんな理由を勝手につけて…。


 …彼も私を好きでいてくれていました。
 これは、真実です。
 事実彼は帰って来なくて、誰もが忘れてて。
 この事実に私だけが涙を流していたとしても。
 存在がなくなったとされていても。
 これは、真実です。

 私が支えになれなくて。
 彼は遠い世界に、どこか分からない場所に行ってしまって。

 そう、それだけ。
 それだけのことだったんです。













 そこまで話した茜はクレープをまた口にした。

「茜は、今はどう思ってる?」
「まだ好きかということですか?」
「うん」
「…昔好きだった人はいますか?」
「いるよ」

 俺は幼馴染の顔を思い出した。

「じゃあ、その人を今、どう思っていますか?」
「どうって…、今も友達としては好きだし、大切に思うよ」
「じゃあ、私もそれです」

 茜はゆっくりとクレープを食べる手をやめない。
 はむはむ、か、あむあむ、といった擬音が付きそうなゆったりとした口運び。
 なんだかしてやったり、といった顔をするので俺は横からクレープをかじった。

「あっ…」
「なんだ?」
「ひどいです」

 貴方の一口は大きすぎます、か?
 先ほどの残りから半分は小さくなっているそれと俺を交互に見つめる茜。
 食べ物の恨みは怖い。


 これから長期戦でご機嫌取り。
 でもそれが楽しいから。

 ふと、思う。

 これが俺たちなんだなと。
 アキアカネを追いかけた彼と、俺は同じ境遇に立ち、茜に好意を抱いて貰ってるとしても、俺は行かなかったし、彼は行ってしまった。
 俺はクレープ争奪戦をするし、彼は公園でブランコの競争をした。

 じゃあ、いいじゃないか。
 気にすることはなかったのかもしれない。

 聞けなかった。
 聞いちゃいけない話だと思っていた。

 でも茜から感じる言葉の印象は悲しさではなく、むしろ懐かしさで。
 それならば、また聞いてもいいかもしれない。

 絶対に忘れることはないだろう、けど。
 けれど、痛みは小さくなってく。
 それの手伝いをしているのだ、と思うと、誇らしげな気分になってくるじゃないか。



 全部受け止めてくれた茜。
 だから、望むなら全部受け止めてやる。








 雨の中、ピンクの傘は、楽しげに動くようになった。
 立ち止まることもあるけど。

 今、少女は、雨の中から俺の腕の中に。









 茜ちゃーんっ。いやぁー、可愛いです、彼女は。
 本編と理屈が合わない箇所があるやもしれませんが、すっかりやった時のことを忘れておりますのでこの馬鹿は、その場合生暖かい目で見守るかこっそり教えてくださいませ。





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