いつも、と、ちょっと違って。



「良い事思いついたんやけど、やっていい?」

 聡史がふいに、帰り支度の最中に、にやりと笑った。
 オーバーにマフラーに手袋、ニットの帽子。
 これで顔マスクなんかもあれば、完全防寒だ。

「あ、聡史のクセに何か企んでる」
「思いついてやろうとするってのは、企んでる、に入るやろうけど。
  やっていい?って聞いてんのに。それは日本語的におかしくない?」
「オーゥ、ワッターシニッホンゴワーカリーマセーン」
「エセ日本人め」
「聡史が評論文見たいな事言うからやろ?」
「うわ、ゆかり、俺のせいにするんか?……しくしく〜彼女がいじめる〜」
「それ言ってて虚しくなれへんの?」
「なる。」
「おいっ」

 付き合ってても2人はいつもこんな感じ。
 ラブシーンなんて今更恥ずかしくて出来ない。
「愛してる」なんてサムすぎる。
 そんな私は国語が大の苦手だ。

「あ、で、何やったん?」

 最初から随分話が飛んでいた事にようやく気付いた私は、 聡史の目の前の、1歩後ろに足を進めた。

「もうちょっとおいで」
「何で」
「いいからいいから」
 にこにことしている聡史に若干の不信感を抱きながら、1歩なのに 2本の足を動かしてゆっくり2歩で近寄る。
 聡史のオーバーから、スゥイーティーガムの香りがした。 あるいは、その口から。

 瞬間、その香りに体中が包まれた。

「ちょっ、聡史!?」
「めっちゃ近くない?」

 オーバーの中にくるまれて、コアラの子供状態の私。
 ええと、ええと、ええと。
 私の鼓動と聡史の鼓動が混じって寒空に溶けていく。
 カイロ一緒に触ってるみたいだ。
 びっくりするぐらい暖かいその場所。

「ハズイ…」
「俺も」
「じゃぁ何でするんよ?」
「したかったから。」
「これが、良い事?」
「うん――好きやで」

 恥ずかしさから胸に顔を押し付けてやった。
 どうだ、ドキドキしてるだろ、まいったかちくしょう。
 悪態と乙女チックな感情が混じる。
 でも、そうだ、今は。

 今更、ではなかったのだ。
 今だからこそ―――。

「…私も、好きやで…聡史…」

言わなきゃいけない時だ。
いつも、と、ちょっと違って。


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