漢字で二文字。ひらがなでも二文字。ローマ字だと、えーと四文字。
 走り書きするには五秒とかからない。

 口にするのは簡単で、でも本人を目の前にすると困難な。

 彼は彼女に言えない言葉が二つもあった。
 頭脳明晰、容姿端麗。その上サッカーは都選抜にも選ばれる程の運動神経の持ち主。学校の有名人。
 水野竜也、その人が言えないたった一言。
 それは――――――




   それだけ





 卒業式の後、サッカー部の打ち上げがあった。今はその帰りだ。
 時刻はもう八時を過ぎている。
 竜也は有希と二人きりで帰路を進めていた。どうもシゲがさっき送り狼になるなよとからかったことを思い出しては一人きまずい。
 あいつら、妙な気、遣いやがって、と竜也は一人ごちた。
 二人が数ヶ月前から付き合っているのを知っている他のメンバーは、からかい気味に、しかし気を遣って竜也一人に有希を送らせたのだ。

「ん?何か言った?」

 彼女のきりりとした、でも優しい笑顔。有希を好きになったきっかけの笑顔だった。

「いや、別に」

 照れ隠しにそっけなく言った。
 彼女にその言葉がどううつったかなんて、そんな考える余裕はない。
 自分の事で精一杯だ。
 あまりに優しい笑顔だから、心臓がうるさくて、アスファルトにこすれる靴の音と重なり、耳に響く。
 彼女とはずっと一定の距離を保って歩いている。
 彼女よりも3歩はゆうにリードしている。
 すれ違った恋人たちは手をつないで笑ってた。
 俺たちは、端から見てちゃんと恋人同士に見えるのだろうか。

 沈黙。

 竜也は、内心それどころではなかった。

 何故いつものようにポーカーフェイスが出来ない?落ち着け心臓と言い聞かせてもそれは更に気持ちを煽るだけ。

 またも沈黙。

 いつもの、別れる場所。小さな路地の曲がり角だ。ほっとして、くるりと背を向けた。
 ふと、有希を見た。
 有希は――――泣いていた。声を、少しもあげずに。

「小島…」
「…あはっ、…変だなぁ、卒業式でも泣かなかったのに。 ……後から、こう、ぐっときちゃうものなのかなぁ…?」

 必死にそれだけ言うと初めて顔をしかめ、涙を零した。 明らかに卒業式の事で泣いているようではなかった。
 あいにく、竜也はその時ハンカチは持っていなかった。
 今日は母さんが自分の事のように泣いていたのでハンカチは母さんに渡したままだった。
 自分はスポーツタオルで事足りるし。
 だが、今日も今日とて卒業記念と称して紅白に分かれてサッカーをしたのだ。
 その汗を拭いたタオルはさすがに有希といえど女の子の涙を ぬぐってあげれるほど奇麗とはお世辞にも言えない。
 有希に聴こえないようにため息を一つ吐く。

 そんなタオルよりマシだろう、と熱がこもった為に全てのボタンを外していた学ランの腕を差し出した。

「濡れてもいいから。」
「…言ったな」



 勢い良く有希は竜也の腕をつかんだ。
 そしてぎゅっと顔を押し付ける。
 それは、恨みがましく、ではなく、愛おしく、と竜也は感じた。
 吸水性の悪い学ランから涙がぽろぽろと零れていく。

「ゆっくり話してみろ」

 溜息混じりでもう片方の手で彼女の髪をそっとなでる。

「…私の事、好き?」
「は?」

 思いがけないと問いかけだった。

「なんで今更そんなこ」「聞いた事ないから。」

 有希は続けた。

「高校、離れちゃうのよ?ホントは不安なんだよ。私は竜也の事大好きなのに。…竜也って呼ばれるの、嫌だった?」




 何日、何ヶ月と、こんな話はしなかっただろう。
 付き合う事になっても一つもお互いワガママを言わなかった。
 元々さらりとした付き合いだったし、付き合う事になった後も 変わらない関係を続けてきた。確かに、それで良かった。
 でも、それは友人としてやサッカー部キャプテン同士としての間柄での事だった。
 仮にも、彼女で、彼氏で。




 こんな泣いている女の子を、誰が放っておくだろうか。
 さらに、自分の大切な女の子ならなおさらだ。

 瞬間。

 無意識にも近く、もしかしたらそれに遠い感情が竜也を動かした。
 有希は竜也の腕の中に居た。

「…恥ずかしがってる場合じゃないか」


「え?何」
「いや」


 学ランよりも水を吸い込む綿のシャツ。
 竜也自身のにおいと、湿っぽい有希の涙が混ざり合った。



「有希」

 ずっと言えなかった言葉。

「好き」

 言葉にしたら今まで創ってきたものが壊れそうだった言葉。
 だから言えなかった言葉。

「好きだ。」

 きっぱりと、その言葉に迷いはなかった。
 そうだ、プライドの塊なんて壊してしまえばいい。
 有希が居れば、きっと新しいモノが創れる。
 ――――創って、いきたい。

 竜也は、有希をそっと抱き締めた。
 お互いの胸の中は安心出来る場所になればいい。

 有希は、涙をカッターシャツで拭くふりをして、竜也の鼓動を聞いた。
 それを竜也は心地よく思った、同時に恥ずかしさはこれ以上ないほど味わっていたが。


 確信めいて竜也は聞いた。

「有希って呼ばれんの、嫌だった?」
「まさか」


 ずっと、言えなかった言葉。きっと気持ちは一緒だった。
 勇気を出して言ってくれた君は俺の前で笑ってくれてる。
 今度は、俺の番だ。




 竜也は唇をゆっくりと湿らせて口を開いた。






 その日、梅の花が ほのかに香っていた。








 過去の文章に手直ししつつ。

 こっぱずかしくてこっぱずかしくて。な、ミズユキでございます。
 告白したのはどっちという訳でもなくなぁなぁで付き合っちゃったからこういう状況に。
 地の文が「有希」「竜也」なのが最近は苗字で書いているので逆に新鮮です(笑)。
 有希視点のものが入っていたのですが、ややこしかったのでカット。

 昔の文のままのものを前サイト閉鎖記念に(ぇ)森内さんに捧げました。




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