夕子先生が大きい笹をどこからか調達してきた。 そう、今日は織姫と彦星が1/365の確率で逢える日です。 七夕 「ちゃんと願い事書いた?」 「はぁ」 夕子の屈託のない笑顔にいまいちやる気のない声で返事をしたのは水野だ。 「皆は?」 夕子は風祭やら麻衣子やらの短冊を覗いている。 「そもそも練習時間削ってやることかしら、と思うのは年取った証拠かなぁ」 小島はサインペンを水野に渡しながら苦笑した。 「確かにロマンチック、だとは思うわよ?でも現実問題今日やらなきゃいけないメニューもあったわけで」 サッカー部の管理人・小島らしいセリフだった。 「まぁ皆息抜きにはなってるんじゃないか。ここの所梅雨で筋トレばっかだったから逆に疲れてただろ。はさみあるか?」 何だかんだと言いつつも結構真面目にやってる水野に小島は微笑ましく思う。 あるよ、とはさみの刃の部分を握って渡してやる。 もっとサッカーが上手くなれますように 小島 叶えてもらうものじゃなく叶えなければいけない願いだとは思ったが、行事ごとにそんなつっかかっていたら間が持たない。 オレンジの折り紙に書いた願い事を、心の中で消化するようにゆっくりと飲み込む。 ホントに叶うといいなぁ、てか叶えるし、私。 自分の書いた文字のバランスに満足がいったようにうんうんと頷く。 「水野遅い。はさみ返して」 「…あ?あー、悪い。はい」 左の利き手で器用に書くその手を止めて、まだ使っていなかったはさみを返す。 小島と同様に刃の部分を握って人に渡す方法だ。 「穴開けて、紐で縛る?」 「だろうな。穴あけパンチの方がいいんじゃないか?」 「大丈夫、出来る」 「小島、水野、遅いぞ」 「うるさいわね高井、生徒会に呼ばれてスタートが遅かった分早い進み具合よ。ね、水野」 「ん?あぁ」 「聞いてないでしょ」 「聞いてないな」 「…ん?何だ?聞いてなかったけど」 にぎやかな面々はどんどん校庭に移動していてた。 笹は校庭の端にある鉄棒にくくりつけるらしい。 遠くから高井を呼ぶ声が聞こえた。 くくりつけるまでに支えておく人間が必要でその指名を預かったのだ。 「じゃあ先行ってるぜ、ゆっくりしてても別に文句は言われねぇって」 「ん、出来次第行くわ」 「悪い」 アルミサッシのドアがからからと閉められる。 急に空虚になったような、静寂が、蛍光灯の音だけを耳にちらつく。 さっきまでの喧騒は2人だけでは何の意味も持たない。 小島はちょきんと音を立てて慎重に紙に穴をあけた。 「紐、紐…あ、それだ」 水野の手元の奥にあったそれを立ち上がって取ろうとする。 「おい、ぶつかるぞ」 「だいじょぶだって。ととと」 小島の手が届くぎりぎり。 小島の髪が、水野の頬に当たった。 「…不精しないで俺に頼むだか、回り込んで取るだかしろ」 「あはは、…わ!」 べちゃ、と小島は机の上でこけた。 それはちょうど肩から水野が抱きかかえるような形になっていた。 「…だから言っただろ」 「…あはは…うん」 そこから起き上がるには多少の労力を必要とする。 「お前もうちょっとしたらここから見えるぞ」 「スパッツ履いてるし」 「前から言ってるがそういう問題じゃない」 「えー?」 水野はあらゆるものを制御しながら息を呑んだ。 そんな状態になりながらも小島はきっちりと紐を手にしていた。 じたばたと机の上で動いている小島。 制御はどこへやら。 水野は抱いてみた。 「…水野?私戻れないんですけど」 「分かってる」 「…今日は逢えたんだろうか?」 「…さぁ、こっちが曇っててもどこかの国では晴れてるだろうし」 その時小島は何となく抵抗する気も起きなかった。 椅子に乗っている膝から下を上に向けてぶらつかせた。 「それに雲の上では絶対晴れてるから、逢ってるでしょ」 「…今頃こんなことしてる?」 小島の横顔を近距離で覗き込んでやる。 その顔は真っ赤になり、羞恥心が表れていた。 ごん、鈍い音。 「馬鹿水野」 小島の頭突きだった。 「馬鹿水野」 がたがたと音をならしながら小島は元居た場所に戻った。 紐を通した。 形を整えた。 やる事がなくなった。 「馬鹿水野、まだ?」 「まだ」 仕方ないから待った。 綺麗な指先から紐が流れていった。 自分の使ったはさみを水野も使っている、と意識した。 抱きかかえられた水野の手の感触。 頬杖ついてじっと見てた。 抱かれた所だけの生々しい温度。 なんだか妙にリアルに残っている。 抱かれている時は感じなかった感情が、今更になって沸いた。 出来た、と小声で水野が言った。 「行く?」 「ま、ゆっくり、で、いいんじゃないか?」 「…そう?」 「今頃、逢えてたらいいね」 小島の言葉に、水野は笑っちゃうぐらいの微笑で返した。
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