思い出と、弾痕。
 あの、熱い、夏の。
 何食わぬ顔をしていた君の記憶。

「ばか。」
 返事は返ってこない。

「ばかだよ、…結人。」




   集団と個人の自己確立




 プログラムに選ばれた結人のクラス。
 共同葬式なんだって、今から。

 英士にメールを送った。
 “今から家出る。30分ちょいで着くと思う”

 俺は行きたくなかったけど、結人のおばちゃんが言ったから。

 「来てくれた方が、結人も喜ぶと思うのよ…」

 俺はそうは思わなくて、その時は泣き叫びそうだったけど。
 でもおばちゃんがこれ以上辛くなるのを聞いてらんなかった。








 一緒にワールドカップ見たときのことだったっけなぁ、結人、言ってた。
 「いつか俺ら、あの場所、行こうな」
 英士もいつものように、でももっと不敵に笑って。
 「あたりまえでしょ」
 とか、言って。

 選手のインタビューのニュースもチェックして。
 結人、大声で言ったっけ。

 「俺もすぐにお前の所行ってやるからな!見てろよ!」

 俺と英士は顔見合わせて笑ったっけ。

 「笑うなよ!テレビ全局に俺様のカッコいい顔が映されるんだからな!」
 「ゆーとナルシスト」
 珍しく英士より先に突っこめたのは俺の方だった。









 でも、こんな風には見たくなかった。

 「見たくなかったよ」

 駅前の巨大なテレビの中でしか生きられない結人。
 死亡者一覧。
 その中にやたら真面目な顔で写ってる顔と若菜結人の文字。

 ふと携帯を見ると英士からメールが入っていた。
 “了解。俺の方が少し早く着くと思うよ。ホームで待ってる。”



 電車にぎりぎりで飛び乗った。


 息を吐く。また英士からのメールがないことを確認すると電源を切る。
 マナーは大切だよな、と思っての行動。
 それを見たおじさんが、車内でケータイ触ってるよ近頃の若者は、と誤解したようでにらんでくる。
 しかしその横で彼に話しかけた上司らしきおじさんにはにらみもせず、逆ににこやかにしている。
 その人、さっき大声で電話してたじゃんか。




 ああ、なんて理不尽な。
 にらみ返すとびくりとおびえた表情。

 こんな事でキレると思ったんですか?
 噂の15才だから?
 大人たちは何を考えているのですか?
 まさか結人がからかった俺のツリ目が怖いのですか?


 結人がその後言った言葉。
 一馬は人が良いからツリ目なんて似合わねー。
 そんな小心者のツリ目なんて一馬以外に知らねーよ。

 電車の窓を見ると強張っていた顔が歪んだ。








 結人はキレたんだろうか、人を殺したんだろうか、どうやって死んだのか。
 情報は全くない。
 だから実感も全くない。

 死ぬとき、ちょっとでも俺と英士のこと思い出してくれたんだろうか。

 冷静に考えられないし、結人が死んだとも思えないけど、今から葬式で。
 頭ん中ぐちゃぐちゃだよ、全部結人のせいだよ、仕返しにトマトでも買っていってやろうか。
 あいつ、ミニトマトも嫌いでケチャップでさえも苦手だからな。
 結人のことはまだ現在形で。

 一人で苦笑するのは、やけに寂しかった。





 …さぁ、後一駅で目的地だ。のどかな午後の陽にさらされた電車が、規則正しく揺れ動く。
 ロッサの練習に行く時みたいだ。
 機械音の感覚が長くなっていく。
 この感じが凄く日常。
 駅に着いたらドアが両側に開いて、いつも結人と英士が待ってくれてた。
「おせぇよ一馬」
「一馬、行こうか」
 二人が声かけてくれて。



 ぷしゅうと音がして、はっと気付くと目の前のドアもスライドしていた。
 慌ててホームに降り立つ。
「あ、一馬」
「え…し…」
 慌てたせいか声がかすれた。

「ズルいよ、それ」
 英士はいつものようにそこに居ており、そこにはただ結人が笑っていない。

 デジャヴより性質悪いよそれ。
 だっていつもの本当のことで。





「あ」
 英士もそれに気付いたようだ。
「ごめん。一馬」
 乾いたホイッスルが鳴る。
 俺の後ろで、電車が動き出した。












 結人の通っていた中学で葬式はするらしい。
 今までに何回も通った事のある道を使った。
 駅から結人の家の途中に中学校があるのだ。
 グラウンドに忍び込んで三人でサッカーしたこともあった。
 どっか遠い過去の話。











「…ねぇ一馬」
「ん?」
 黙りこくっていた英士が上を見ながら呟いた。

「俺、泣いてないんだ」
「…そうか」

「結人は友達甲斐のないやつ、って怒るかな?」
「……うん」
 苦笑した。
 その姿がありありと想像できたから。


「でも、俺も…、泣いてない」

 泣くタイミングを逃してしまったからという事と。
 あまりに唐突であっけない別れだったせいだろうか。


 結人と最後に交わした言葉なんて憶えてない。
 じゃあなとか、またなとか、土産期待してるよとか、そのどれかだった気がする。
 でも忘れた。
 傍にいるのがあたりまえで何気ない言葉を噛み締めるほど俺たちが交わした言葉は少なくなかったから。


「怒る、かな?」
 英士に聞いた。
 くしゃりと自分の髪を握った。

「さぁ、どうだろうね」
 英士は視線を落として、また上を見上げて言った。

「結人は、優しいから」
 英士はそう言うことで結人が今居ないことを自分に言ったようだった。
 うん、と俺は何に対するでもなく頷いた。

 あまりに、あまりに一緒に居たから。
「友達甲斐のねーやつらだな」怒る結人も。
「まぁしゃーねぇよな」苦笑する結人も簡単に頭の中で作り出せた。
 偽者は要らないから。
 そんな偽者要らないから、本物の、一人の結人が欲しいから。



 英士は少し遠くを見やりながら首もとのボタンを締めた。
 はっとして俺もネクタイを締めなおす。

「結人のおばちゃん、探す?」
「探したいの?一馬は」
「…分かんねぇ」
 中学校の門が見えた。
 ここから見える範囲では結人の母は見えない。

「一馬は会いたいの?」
「…会いたいような、会いたくないような、やっぱ分かんねぇ」
「何か好きな人相手のコメントみたいだよ…」
「…ははっ…うん、俺結人のおばちゃん好きだし」

 でも彼女の呼び方は“結人のおばちゃん”で、まず“結人”。
 結人ありきで出会った人。



 講堂に入る。
 異様な雰囲気だった。

 万歳と叫ぶ人間も、号泣する人間も、殺意の塊で出来ている人間も居た。
「…なんで、紅白なの…」
 葬式なんて、本来幕は、白と黒のはずだ。
 ぽつりと英士が言ったように張り巡らされている幕は目に痛いほどの紅白で。
 それは狂った国をまざまざと表していた。

「お願いします」
 入り口に突っ立っていた俺たちに受付のおばさんは声をかけた。
 良く見る筆ペンとかで名前書くやつ、それの名称は知らないけど。


 真田一馬と書くとおばさんはにこりとした。
 何で笑うんだ。
「どうぞ」
 渡されたのは結人のクラスの名簿だった。
 コンサートかよ。
 とことん馬鹿にしてくれる。

 英士が名前書いた。
 おばさんは変なものを見るような顔をして英士を見た。

 訝しげな表情は、たぶん英士の苗字が“郭”だから。
 韓国人だから?

 英士は慣れたようにしれっと足を進めて奥へと入る。
 俺はおばさんにらんでから歩いた。








 俺の大事な親友二人。
 何だよ俺、二人とも守れねぇ。
 二人とも、守れてねぇ。

「一馬」
 英士の声。
「俺は大丈夫だから。―――結人に会いに行こう?」
 優しい英士の声。
 守られてる俺。
「うん」








 結人の遺体は、なかった。
 正確にはある、のだろう。
 身体がばらばらになったらしく、残っている一部にも弾痕がある。
 棺桶の中に肉片が入っては、いると説明を受けた。

 俺たちは到底それを結人だと認められなかった。











「英士、俺、結人の教室行きたい」
「いいよ」




 ひんやりとした廊下。
 何度もテレビで流れた学年とクラスの番号。

 がらり、と音をたてて戸を開く。
 何の変哲もない教室。
 どうしてこのクラスが選ばれたのか分からない。

「…君?」
 一つの机に突っ伏して泣いていた女の子。
 英士が声をかけると真っ赤な顔と目でこちらを向いた。
「あ、ごめん、出ようか一馬」
 気まずいように慌てて英士は俺の肩を押した。
 今何故泣いているのか聞くのは馬鹿以外の何者でもない。

「あの…!」
 くるりと背を向けた俺たちにその少女は声を上げた。
「あの、もしかして、カズマさんと、エイシさん、ですか?」

 驚いて英士と顔を見合わせる。

「結人の知り合い?」










「結人先輩は、サッカー部じゃありませんでしたけど、サッカーが上手いことは有名で憧れてて」
 彼女は泣きながら、話す。

「人なつっこく笑う所とか、好きで」
 割と可愛い感じの女の子で、結人のタイプっぽい顔立ちだった。

「修学旅行の前の日に、やっと初めて話せたんです…」
 少女は自分のハンカチで頬をぬぐった。

 そこで教えてくれたのは、自分には夢があること。
 それを一緒に支えてくれる仲間がいること。
 その人たちは、カズマとエイシという名前だということ。
 その二人にも自分にもお土産を買ってくると約束してくれたこと。

「笑顔で、言ってくれました…」
 その時言い逃してしまった好きの気持ちを、修学旅行から帰ってきたら伝えようと思ったのに。

 彼女が付け加えた言葉。
 俺はやっと結人がいないことが分かった気がした。









「ありがと、教えてくれて」
 俺はその子にちょっとだけ笑いかけた。
 不器用な微笑み。
 きっと、さっきの受付のおばさんが笑ったより綺麗じゃない微笑み。
 彼女はぺこりと頭を垂らすと、自身が座っている机を愛しそうになでた。
 おそらく結人の机だった。


「帰ろう、英士」
 うなづいた英士も、少し微笑んで。


 俺たちの今の笑った顔、下手な笑顔だったけど。
 でもこういうとき、上手な笑顔を作れるような大人になんかなりたくない。

 今綺麗な笑顔を作れるほど、心の中は汚いんだ、って思う事にした。









「一人で帰れる?」
「うん」
「本当?」
「心配すんなよ、平気」



 空が、青い。










 優勝者は知らない男子生徒だった。

 結人は、その他大勢の敗北者だ。
 これからも増え続けるであろう、政府の、プログラムの中の犠牲者たちの一人。
 集団の中の一人。



 でも結人には結人が死んだから哀しむ人間がたくさんいて。
 それは結人が生きた証だ。


 誰だったか、言ってた言葉を思い出したからじゃ、ないけど。
「人間の価値は死んだとき泣いてくれる人の数で決まる」

 だから、じゃ、ないけど。

 俺は堰を切ったように泣き出していた。
 周りなんか気にしてられるか。

 今、むしょうに結人が居ないことが悲しい。
 結人が死んだことが悔しい。
 何にも出来なかった自分が歯がゆい。

 結人。
 結人、結人、結人!

 一緒にサッカーするんだろ。
 一緒にメシも喰うんだろ。
 土産くれるんだろ。


 結人。



 結人がパスくれなきゃ、英士に渡ってこねーじゃん。
 そしたら俺にボール来なくてシュート出来ねぇじゃん。
 そしたら点数入んねーじゃん。

 結人。
 結人、結人、結人!

「ゆーとぉ…」

 名前呼んで、心の中でも叫んで。





 返事はなくて。
















 空が、青かった。



「…夏休み、結人が居ないとどうやって過ごすんだよ」
 べたついた顔が気持ち悪い。
 熱い夏は、始まったばかりだった。












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